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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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森鴎外と福島④

 鷗外氏の日誌「後北游 日乗」の概要についてМASAの道中日記」からの孫引きで確認していたところだったが、「鴎外全集第35巻」で確認し直している。
 福島県内での行程を確認する。
 まずは、以下のように福島市で川定亭に宿泊後、本宮に向かい、ここで水戸屋に宿泊。ここから磐梯熱海を経由して猪苗代湖の汽船を使い若松へ向かう。若松では藤田屋に宿泊し、鶴ヶ城、東山温泉に遊ぶようだ。
 19日 晴れたり仙台を立つ増田大川宮を過ぎ白石にて畫餉たうべつ午後馬車を雇ひて福島に至る川定といふ家に宿りぬ
 20日 晴れたり本宮なる水戸屋に宿りぬ
 21日 晴れたり熱海を過ぐ溝渠あり猪苗代湖を引きて郡山の田に漑げり16橋を架す汽船にて湖を渡る午後3時若松七日町なる藤田といふ家に着きぬ伊藤玄岱導きて会津城址にいたる
 欲就残城問戦機 唯看蕘豎跨牛帰 囘頭昔日城豪跡 満目枯蘆一鷺飛

 東山に遊ぶ渓流所々熱水を湧かす両岸に桜を架したり聲妓あり追分という曲を歌ふ半面達蔵といふ奴ありて技を奏す
 芙蓉香老不勝秋 忍聴紅裙一曲歌 独坐呼杯々未到 浴衣帯熱封寒流

 ※今のところ、鶴ヶ城を案内した「伊藤玄岱」氏がどなたなのかは分からない。
 ※東山温泉の「聲妓」は、「うため」の事で、歌や踊りで酒席などに興を添える女性のこと。
 ※追分=追分節?で民謡の一つ。信州追分の宿の飯盛女たちが、馬子唄に三味線の手を付けたのが信濃追分節で、これが東日本を中心に各地に伝わったものが原型なのだとか。一般に声を穏やかにのばして、旋律は哀調を帯びるという。江差追分、越後追分などが有名とのこと。
 「奴ありて技を奏す」ともあるので、芸者さんを上げてのお座敷遊びかな?

 ここから次の行程が、越後街道で新潟を目指すようだ。次のように翌22日には新津まで進んでいる。
 22日 晴れたり車を雇ひて片門に至りこれより馬に乗りかふ午後10時津川なる鶴賀屋に着きぬ

 片門は只見川手前の片門宿(会津坂下町)の事だと思う。若松から片門宿まで車を雇い、ここからは馬に乗りかえるのは峠越えになるからだろうと思う。
 この峠も、いろいろ変更があるので、鴎外氏がどの道筋を通ったかは確認していない。
 古くは「坂下宿~塔寺宿~鐘衝堂峠~束松峠経由」だが、江戸時代の大地震によるがけ崩れで変更になる。これ以降ではある。その後、三島通庸による三方道路の改良による経路変更で南方の藤峠を通るようになる路線変更がある。このどちらかではある。
by shingen1948 | 2017-01-08 09:54 | ◎ 地域散策と心の故郷 | Comments(0)