地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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森鴎外と福島③

a0087378_11215584.png 瀬上地内の遊郭跡地は、地域散策資料でよく見かけるのだが、一本杉地内の遊郭跡地の方は見かけないので、「清明学区の歴史」を資料に現況図に重ねてみたのが、この図だ。

 森鴎外氏が福島町にやってきた明治15年当時は、北町や豊田町付近の旅館や料理屋が、多角経営の一環として遊郭の機能も備えていたというふうに見るべきなのだと思うがどうだろうか。それが、明治35年以降、遊郭の機能が瀬上と一本杉地区に特化したという事なのだろうと思う。

 明治35年以前に森鴎外氏が「川定楼」に宿泊したことが事実と仮定した場合、これが、即、御座敷遊びをしたという状況なのかどうかは、不明な事としておいた方が無難なのかもしれないと思うが、どうだろうか。
by shingen1948 | 2017-01-06 11:22 | ◎ 地域散策と心の故郷 | Comments(0)