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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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「伊沢蘭軒(森鴎外)」と福島④

 鴎外氏が訪ねた池田氏墓地を追体験し、それを作品に仕上げている「日曜スケッチ散歩」というページを見つけた。
 http://aki.art.coocan.jp/frame-top.html
 その「池田京水の墓」の解説によると、森鴎外氏が池田氏の身上に関心を持つのは、前作「渋江抽斎」の執筆とかかわるようだ。
 この渋江抽斎氏の痘科の師が、池田京水氏なのだが、その身上に関して疑問を持った鴎外氏は、解決に強い執念を以って探索を開始する。新聞掲載のこの史伝を通じて、読者をも捜索に駆り立てたとある。
 その執念は、次の作品である「伊澤蘭軒」にも引き継がれ、遂に京水後裔の出現をもたらし解明をみたということだ。自分は、こちらに立ち会っているということのようだ。

 この方は、「渋江抽斎」の読後に「ルーツを訪ねて 江戸の疱瘡医 池田京水とその一族(中尾英雄)【平成7年自費出版】」という冊子に出会ったという。それで、池田家宗家の前に、池田京水氏の墓参りをしたのだということだ。
 この著者中尾英雄氏は、池田京水氏の末裔にあたる逗子市で耳鼻咽喉科を開業されている方とのことだ。

 池田家分家の墓地は、「雑司ヶ谷霊園」らしい。永井荷風・夏目漱石もここに眠るらしい。池田家分家の墓地は、その1-10号1側の区画番号らしいが、それが2ケ所あるらしい。
 京水氏の墓については、次のように描写解説する。
 中尾さんが述べていた変った円筒状の石碑が直ぐに眼に入った。中央で真二つに折れたのをセメントで繋いである。かなり風化しているが大きく深く刻した碑文は容易に読むことができた。「四世痘科京水池田瑞英先生門人誓書埋蔵之表」。鴎外が執拗に捜し求めた石碑を前にして暫し感慨に耽る。(2003年6月8日参詣 雑司ヶ谷霊園)

by shingen1948 | 2016-12-31 09:04 | ◎ 地域散策と心の故郷 | Comments(0)