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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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熊阪台州氏③

 若い時のように、興味を動機にがむしゃらに突き進むエネルギーがない。
 それでも、興味があるものは探りたい。
 それで、まずはガイダンス的な冊子を探しその概要とその説明の拠り所を知ろうとする。その拠り所を元に、原文で確認すべきところを見つけて、そこだけ不得意分野に挑戦する。
 こうすることで、エネルギーの節約を図って興味を探っている。
 しかし、今回は漢詩の世界だ。たとえ焦点化できても、原文での確認は多分お手上げ状態になるだろうとは思うが試している。

 さて、そのガイダンスとする「『吾妻鏡補』と熊阪台州・盤谷(徳田武)」の「台州と入江南溟」の項では、熊阪台州氏の歩みとかかわる資料として、以下の書があることを読み取った。
 〇 入江南溟に入門した理由「文章緒論(1801名古屋風月孫助)」
 〇 秘書扱いの書である「文罫」を会得したこと「白雲館文罫(天明8年江戸前川六左衛門刊)」自序
 〇 自己の詩論への啓発と保証を得た事とその自覚「律詩天眼(寛政10年5月尾張風月孫助刊)」自序
 このうち、「文章緒論」が福島県立図書館に所蔵されていることが確認できた。

 「『吾妻鏡補』と熊阪台州・盤谷(徳田武)」の次の紹介は、「西遊紀行」の刊行だ。
 この冊子の刊行と、先の「台州と入江南溟」の項と重なるのは次の事のようだ。
 入江南溟氏に入門した翌年から上方に数回にわたって旅に出て見分を広めた事が読み取れる。「福島県立図書館」の資料ではその期間約3か月間の旅とある。
 この上方への旅で見聞を広めた記録が、「西遊紀行」ということのようだ。
 熊阪台州氏は、この刊行にあたって入江南溟氏に筆削を依頼するが、実現しなかったという。師の老齢に伴う衰えのせいなのだが、この事で台州氏は出版の心が折れてしまったという。

 この挫折を乗り越えて「西遊紀行」を刊行することになるようだ。
 まずは、新たに、松崎観海氏の門下生になることを目指すようだ。
 「『西遊紀行』の刊」の項では「通家の友人中村東夷氏に励まされて弟子の籍に列せんことを乞うて松崎観海(41歳)に書牘を書く」と紹介される。その資料となるのは「継志編(明和2年2月15日刊)」らしい。

 ここに登場する「中村東夷」氏は、通家の友人とのことなので幼馴染ということだろうか。
 注釈を辿ると、福島県立図書館も所蔵する「文章緒論」に次のように紹介されるようだ。
「中村以貞、正夫英字、東夷其号、福島人、長二於余 一十歳、少而好レ学、南遊二東都一、師二事自壊稲垣舞明 一 、以二明和丙戌、三月十五日一、客二死干羽州横手 一 、年 三十 八」

 松崎観海氏は、3月27日には之を助けんとする答書「答熊阪子彦(継志編)」を書くという。ただし、今年の夏は丹波亀山に赴任し、1年間はそこで暮らすことを断っている。
 これで台州氏の新たな展開は見えてくるのだが、氏はその返書を待たずに、次の行動を起こすようだ。
by shingen1948 | 2016-12-14 09:04 | ◎ 地域散策と心の故郷 | Comments(0)