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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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熊阪台州氏

a0087378_5594372.jpg これは、亀岡邸の見学に出かける途中に立ち寄った高子館から、熊阪氏の地元での活動拠点付近を撮ったものだ。
 「『吾妻鏡補』と熊阪台州・盤谷(徳田武)」によると、最近「吾妻鏡補」という冊子が日中双方の学会から注目されているのだそうだ。その「芸文志」には、日本人の手になる漢文・漢詩が輯(あつ)められているのだそうだが、その近世の漢詩・漢学者の中に、高子の熊阪台州氏と熊阪盤谷氏が収録されているとのことだ。

 「吾妻鏡補」とは、別名「日本国志」といい、嘉慶19年序で、王宝平氏編の影印本が平成9年に朋友書店から刊行されたとのこと。
 嘉慶は清の仁宗の治世中に使われた元号で、嘉慶19年は1814年で、日本では文化11年のようだ。
 その巻20には「南遊稇載録序(熊版秀)」と「題戊亥遊嚢((熊版秀)」が、巻23には熊阪邦と熊版秀の詩が納められているとのことだ。ここでいう「熊坂邦」が台州氏で、「熊版秀」というのが「熊坂秀」の誤りで、台州の子盤谷氏を指すようだ。

 漢詩の本場中国では、近世の日本の漢詩・漢学者と紹介される高子の熊阪台州氏と熊阪盤谷氏だが、現在の日本では、その分野の専門の方でも知っていらっしゃる方は少ないらしい。それで、「『吾妻鏡補』と熊阪台州・盤谷(徳田武)」では、熊阪台州氏を中心にその歩みが紹介される。

 自分は、郷土史の資料の中で、高子の熊阪台州氏と熊阪盤谷氏の名も紹介される業績も目にはしているのだが、その良さまで感じ取ることはできないでいる。
 それで、その歩み部分をなぞらせていただくことで、郷土史で紹介されるその文学活動の良さを何とか知りたいものだと思っている。
by shingen1948 | 2016-12-11 09:04 | ◎ 地域散策と心の故郷 | Comments(0)