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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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亀岡邸の設計に江川三郎八がかかわる⑯:福島の建築(12の2)

 前回、「安達郡役所」を、江川三郎八の仕事として整理した。
 どうでもいいことだが、この郡役所跡地が現商工会議所に変遷する経緯が見えてきたので、それも整理しておきたくなった。
 まずは、安達郡の変遷に伴う部分。
 明治12年(1879)1月27日郡区町村編制法の福島県での施行により行政区画としての安達郡が発足。郡役所を二本松町に設置。
 明治30年(1897年)10月1日郡制を施行
 大正12年(1923年)4月1日郡会が廃止。郡役所は存続する。
 ここで、現安達地方広域行政組合にあったと思われる議事堂がいらなくなる。
 大正15年(1926年)7月1日郡役所が廃止。以降は地域区分名称となる。

 次に、ここに土木事務所の情報を重ねる。
 昭和21年4月郡山土木監督所の管轄を分割し、二本松土木監督署を二本松町久保町1-57の件安達事務所(旧安達郡役所)内に設置」ということで、建物全体としては安達事務所。
 昭和24年5月には二本松町字下浄田(現若宮)13に庁舎を新築移転する。

 ここに、二本松商工会議所の沿革が加わる。

 もう一つ整理しておきたいのが、ここが二本松の大手門跡地だということ。
 この大手門跡については、「二本松少年隊」にかかわる散歩で、「小沢幾弥戦死の地」のかかわりで「師を弔った大手門」として整理している。
 http://kazenoshin.exblog.jp/5789421/
 このことについてふれておきたいのは、明治の建物の位置の目印としてきた公共施設がなくなる可能性もあると思ったからだ。
 というのは、この大手門跡は市指定だったのだが、国史跡指定に変わったようなのだ。
 図のように、それに伴い、全体的な地下遺構等の残存状況の把握が必要になるようだ。
a0087378_4483520.jpg その範囲に、現商工会議所、現二本松市立図書館、現安達地方広域行政組合も含まれているようだ。
 地下遺構等の残存状況の把握というのは、発掘調査だろう。その整備計画では、その最大の阻止要因として、「公的機関施設をはじめ、多くの住宅が近接している密集地域になっていることにある」としている。
 しかも、ここは旧奥州道中筋・二本松城下町の中心であった本町に面していて、観光資源としてみれば絶好の立地環境にあるようだ。その整備が本格化してきた時、現公共施設は撤去されるはず。ということで、散歩人としては、この辺りの現況の公共施設も含んだ整備計画図は貴重だ。
 
 なお、先の散歩整理とかかわっては、平成14年3月の久保丁坂下水道工事に伴う立合い調査では、現在の路は当時より1.5m嵩上げされていることが確認されているというのは貴重な情報だ。
by shingen1948 | 2016-11-19 09:45 | ◎ 福島の建築 | Comments(0)