地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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亀岡邸の設計に江川三郎八がかかわる⑫:福島の建築(12の2)

 「江川三郎八研究会」発信が確認できる福島での江川三郎八の仕事、その三例目が「坂下警察署」だ。
a0087378_648598.jpg 「沼郡案内」には、「(二例目の)河沼郡役所の東北、市街中央を縦貫する県道に莅(のぞ)み、高厦巍然として一異彩を放つ」とある。
 こちらも、「河沼郡役所」同様、福島県の地元は江川三郎八の仕事として認知していないと思われる。岡山県側での情報源と思われる自伝に、「明治32年に従事、郡役所と同時の建築」とあることが紹介される。(写真は「江川三郎八研究会」のページからお借りした。)

 姿と共に地元資料だけで確認できないのはその位置。
 ただ、こちらは「沼郡案内」に紹介される各公共施設の位置案内を確認していくことで、何となくイメージできた。
 その自分の中での基準点は、坂下町役場だ。
 ここは、先に坂下町の道路元標が、元々の位置に戻されたことを「坂下町道路元標」で整理したが、この位置が役場の位置関係で考察された。
 http://kazenoshin.exblog.jp/16901810/ 「沼郡案内」では、その役場の位置を「坂下税務署の西隣り」と表現する。ということは、「坂下町役場」の東隣に「坂下税務署」があったという事だ。
 更に、その「坂下税務署」は「坂下警察署と相対す、本郡及び大沼の二郡を管轄す」と紹介される。
 つまりは、江川三郎八がかかわった「坂下警察署」は、役場の東隣の税務署の県道を挟んだ向かい側に建っていたということだろうと思う。
 先に散策した「坂下町役場」の道路を挟んだ斜め向かいに「坂下警察署」が、「市街中央を縦貫する県道に莅(のぞ)み、高厦巍然として一異彩を放」っていたというイメージ。
by shingen1948 | 2016-11-15 09:46 | ◎ 福島の建築 | Comments(0)