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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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亀岡邸の設計に江川三郎八がかかわる⑩:福島の建築(12の2)

 江川三郎八氏は、会津若松出身であり、福島県で福島県雇建築技師、福島福島県技手として活動した後、岡山県に行かれた方だ。しかし、福島県内の仕事についても、その手掛かりとなるのは岡山の情報だ。その岡山の情報も、基本的なことの多くは、「江川三郎八研究会」の情報が元になっているように感じている。
 今回から、その「江川三郎八研究会」が把握していると思われる福島での江川三郎八の仕事を整理しておきたい。
a0087378_5274984.png その一つが、須賀川橋のようだ。
 先に「亀岡邸」が福島県内で江川三郎八の仕事とする最初の案内ではないかとした。しかし、この須賀川橋が江川三郎八の仕事と紹介されるのも「広報すかがわ」28年5月1日号なので、ほぼ同じ頃という事になる。その「ふるさと遺産」に須賀川橋が紹介される。
 明治16年(1883)に街道整備に伴って建設された彼が手掛ける前の須賀川橋が洪水で被害を受ける。その橋を再建するのに、県内初となる西洋式の木と鉄の混合の橋として設計されたという。それが明治23年(1890)で、この橋の施工を彼が任されたとのことだ。
 工事資金の不足、須賀川町大火、洪水、施工の難しさなどから難航するが、構造試験などを重ね明治25年(1892)に完成したという。
 この橋の施工によって培われた独自の施工技術が「江川式小屋組」という木造洋風造りの公共建築物の設計に応用されたとある。

 ここから読み取れるのは、紹介される内容と共に、「江川式小屋組」という表現から、岡山県の江川三郎八研究の成果が考慮されていることが伺える。
 なお、この橋は昭和9年(1934)に鉄筋コンクリートの橋に架け換えられ、更に、平成13年(2001)に現在の橋に架け換えられているという。
by shingen1948 | 2016-11-13 09:26 | ◎ 福島の建築 | Comments(0)