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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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亀岡邸の設計に江川三郎八がかかわる⑤:福島の建築(12の2)

 江川三郎八が福島県の建築設計にかかわったとされる手持ち情報を確認しておく。
 その一つ、明治35年建設の日本赤十字社福島支部の設計・監督。
 岡山の江川三郎八氏について調べている方から、このことは自伝に記載されるとの情報を頂いたのだ。先に「福島の建築 ⑪」で、日本赤十字社福島支部の赤煉瓦の倉庫を整理するのに日本赤十字社福島支部の沿革にふれたのだが、その時のコメント情報だ。
 http://kazenoshin.exblog.jp/9807554
 自伝の確認はできないが確実性のある情報だと思っている。

 この整理の時には、赤煉瓦倉庫自体の沿革は不明だったのだが、「旧赤十字レンガ倉庫を守る会」にかかわるページに、以下のようにその沿革が紹介されていた。
 赤レンガ倉庫の沿革
 明治20年(1887)国際赤十字との連携により、日本赤十字社が発足
 明治34年(1901)看護婦養成所、寄宿舎として、日本赤十字福島県支部庁舎が建設
 大正5年(1916)3月に赤煉瓦倉庫が完成(36坪 建設費3475円)
 昭和18年(1943)8月、特に傷痍軍人、戦死者遺族、出征軍人の家族のために支部庁舎を増築し、日赤福島病院が開業(病床数32)
 昭和37年(1962)支部庁舎など、赤煉瓦倉庫を残し、その他の建物を破壊し、病院が移転する。県所有財産となる。
 2014年の「医療人ふくしま」で福島赤十字病院院長芳賀甚市氏が紹介されるページに、日赤病院の沿革にかかわって、昭和18年の日赤赤十字社福島支部療院の姿が紹介されていた。
a0087378_6312829.png 沿革にある昭和18年(1943)8月に支部庁舎を増築して開業したという日赤福島病院の姿と重なるのだと思う。
 正面は、日本赤十字福島県支部庁舎の姿のイメージがのこっているのではないのかなと勝手に想像する。左手の鳥居と階段は、出世稲荷とかかわるものだろうか。

 なお、手持ち情報と沿革情報に微妙な違いがあることも記しておく。
 その一つは、日本赤十字福島県支部庁舎建設年で、もう一つは微妙な違いだが、跡地整備。
 「江川三郎八の自伝」情報と「日本赤十字社福島県支部」の情報では、日本赤十字福島県支部庁舎建設は明治35年とある。また、福島赤十字病院移転新築情報自体は昭和37年(1962)ということで同じだが、その跡地整備ついては「日本赤十字社福島県支部」情報では、完全に赤煉瓦倉庫以外の建物が破壊されるのが平成10年(1998)4月だとされる。
 微妙な違いはあるものの、おおよその概要はイメージできてありがたい。

 日本赤十字社福島県支部は、1888年(明治21年)7月の磐梯山爆発に平時救護を受けたことにかかわって、県民や県当局に赤十字加盟の機運が盛り上がることで創設されたものだ。  
 自伝を読むことはできないが、江川三郎八氏は、白虎隊にかかわる方のようだ。この支部庁舎建設にかかわることが、いかに誇らしいことだったかと想像する。
by shingen1948 | 2016-11-08 09:29 | ◎ 福島の建築 | Comments(0)