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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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亀岡邸の設計に江川三郎八がかかわる④:福島の建築(12の2)

 亀岡邸の設計に福島県技手がかかわるといういう情報と、その福島県技手が「江川三郎八」らしいとの情報が結びつくのは、県会議事堂設計の設計者情報ということのようだ。
 頂いた資料によると、最近の調査からこの設計技師が福島県技手「江川三郎八」であることが確認されたとのことだ。

 自分の手持ち資料からは、この情報は確認できてない。
 まずは、「ふくしまの歴史」ダイジェスト版で明治15年新築県会議事堂とされる写真と、「市民フォトふくしま」に明治34年3月31日に今の県庁舎内に完成した第二次県会議事堂とされる写真とが、素人目では同じ建物のような気がするのだ。
a0087378_610286.jpg 更に、「ふるさとの思い出写真集・明治大正昭和福島(大竹三良編)」では、県会議事堂について次のように解説して、同じ建物の写真を掲げているように思う。
 明治13年秋の県庁舎新築に続いて県会議事堂も15年4月に旧福島城二の丸敷地内に新築されたとあるが、その写真は発見されていない。…(中略)… やがて明治34年3月、現建立医大附属病院の南半分敷地に建設されたのが、この第二次県会議事堂である。
 ただ、江川三郎八氏の経歴と照らし合わせると、もし、県会議事堂の建設設計にかかわったとすれば、「ふるさとの思い出写真集・明治大正昭和福島(大竹三良編)」がいう「明治15年新築県会議事堂」ではなくて、「第二次県会議事堂」の可能性が高いような気がする。
 というのは、氏が宮大工の修行後、福島県の建築技師になるのは明治20年(1887)のようなのだ。それから、明治35年(1902)に岡山県に転任になるまでの15年間が福島県での勤務ということのようなのた。

 この「第二次県会議事堂」設計建設に江川三郎八氏がかかわったということについて、確認はとれないが、ありえなくもなさそうだなとは思う。
by shingen1948 | 2016-11-07 09:08 | ◎ 福島の建築 | Comments(0)