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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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亀岡邸敷地跡を推定する②~福島の建築(12の2)

 昨日の整理で、旧亀岡家住宅の敷地を想像するのに「旧亀岡家住宅解体前写真」の写真に写る情報を使った。
 その写真がこちらだ。
a0087378_548221.jpg 資料館に展示してある昭和50年代の2枚の「旧亀岡家住宅解体前写真」のうち、この南西方向から撮影されたこの写真に電柱が写っている。
 その位置は、旧亀岡家敷地を囲む煉瓦塀の南西角だ。
 地図を確かめると、現桑折町伊達崎道林地区の道路を挟んだ北側には、電柱の傍に「旧亀岡邸跡」の案内柱が建っていることが分かる。このことから、現在も建つ電柱を目印にそこから東側にかけて亀岡家住宅の敷地になっているとの推定をしたものだ。

 自分としては、この写真で解決した疑問がもう一つある。
 それは、この邸の煉瓦の使われ方だ。
 先の「福島の建築 ⑫」の整理では、半沢氏のフィールドワークメモに笹木野の煉瓦工場とかかわる信達の主要な建物の一つに伊達亀岡総本家の名が挙がる事とのかかわりを未決として整理している。
 今回の見学で、ここが伊達亀岡総本家ではなくて、分家筋にあたることが分かった。
 この邸自体は煉瓦造りではないのだが、この写真からこの邸の塀は煉瓦造りであることが分かる。建築の年代から、恐らくこの煉瓦も笹木野の煉瓦工場とかかわるのだろうと想像する。
 なお、勝手口の案内説明によれば、この住宅の南側の座敷棟の外壁は板張りに銅板を貼ってレンガ積みに見せているのだとか。
 恐らく、煉瓦の塀の外からの視点を意識し、その奥に煉瓦風建物に見えるように工夫したのかなとこちらも勝手な想像をする。
by shingen1948 | 2016-11-01 09:46 | ◎ 福島の建築 | Comments(0)