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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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亀岡邸敷地跡を推定する~福島の建築(12の2)

 歴史資料館と亀岡家住宅を見せていただいたことで得られる情報の一つが、この邸の跡地だ。地元では当たり前のことだろうから、取り立てて詳しく解説されることはない。しかし、よそから来た者にとっては結構興味あることだ。
 説明から、この邸の旧地が保原町ではなくて、現桑折町伊達崎らしいことはすぐに分かる。
 資料館の情報と桑折町の情報を組み合わせて、おおよそこの辺りかなとの推定をしてみた。
a0087378_540163.png まずは、桑折町の情報を確認する。
 ここで、この邸の旧地は、現桑折町伊達崎道林地区北側であることが分かる。その位置を地図資料で確認すると、道路を挟んだ北側の電柱脇に旧亀岡邸跡の案内柱が建っていることも分かる。

 次に、この情報に資料館に展示してある昭和50年代の「旧亀岡家住宅解体前写真」の写真から読み取れる情報を重ねる。
 住宅の西側の角には、電柱が建っていることが分かる。つまりは、旧亀岡邸跡の案内柱が建つ位置が旧亀岡家住宅の道路沿いの塀の西角にあたるということが分かる。
 ここから東側にかけて亀岡家住宅の敷地になっているということだ。
 ただ、ここまででは、この邸の奥行と幅が分からない。

 更に、ここに邸の勝手口の案内に貼ってあった「旧亀岡家住宅の敷地図」から読み取れる情報を重ねると、この図に描かれる工場の建物とその西の池が、現在の地図上でも確認できそうだということが分かる。
 これらの情報との重ね合わせで、この辺りと推定したものだ。
by shingen1948 | 2016-10-31 09:37 | ◎ 福島の建築 | Comments(0)