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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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信夫の里から東屋沼を意識する~田沢編の現地確認⑤

 「長秀院」は、「信夫三十三観音」14番札所だ。
 御近所では、順に12番札所が鳥谷野舘の「永京寺」で、十三番札所が黒岩上ノ町の「満願寺」だ。そして、14番札所の「長秀院」の次は、清水町の「仲興寺」だ。
a0087378_4323272.jpg 札所巡りでこの寺を訪れれば、この観音堂がこの寺の観音堂と思うのではないだろうか。
 しかし、案内を子細に読めば、「信夫三十三観音」14番札所「長秀院」の観音様は、十一面観世音菩薩で、寺の本尊ということのようだ。ならば、その定位置は本堂だ。

 ということは、こちらは案内にある当院別当の「田沢貝沼観世音菩薩」の観音堂と見た方が、辻褄が合いそうに思う。
 田澤山長秀院のホームページによると、この寺は、元々は川を挟んだ石内地内にあったという。それが、弘化2年(1845)に石内屋敷の大火で罹災したというのだ。
 それで嘉永元年(1848)に現在地に移転したということのようなのだが、その旧地からみた現在地を「東向かいの観音山に伽藍を移す」と表現している。
 ここからは勝手な想像なのだが、この観音堂は、その観音山に元々あったお堂なのではないのかなと思うのだ。
 しかも、ここは田沢貝沼の地名ではないはずなので、田沢貝沼にかかわりのある観音堂という見え方でいいのだと思う。
 稲荷社は分からないが、貝沼にかかわる観音堂は見つけたということにならないかということ。

 ここが「旧信夫三十三観音」2番札所で、御近所では、次の3番札所が渡利の「瑞龍寺」になるようだが、一番札所の「観音寺」が、信夫山の「観音寺」なのか鳥渡の「観音寺」なのかが分からない。今のところ、信夫山の「観音寺」なのかなと思っている。
by shingen1948 | 2016-09-21 09:30 | ◎ 信仰と文化 | Comments(0)