人気ブログランキング |

地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30

信夫の里から東屋沼を意識する~田沢編の現地確認③

 「種まき兎伝承発祥の地」の石碑脇に「種まき兎」原話の案内板が建つ。
a0087378_16135443.jpg
 先に確認した「浄土平ビジターセンター」紹介の「種まき兎」原話と照らし合わせると、「採者」が「話者」となり、一部漢字部分がひらがなになったり、漢字に語りの読みのルビを振っていたりするが、ほぼ同じ表現だ。
 残念だなと思うのは、「種まき兎」原話にこだわりすぎている事だ。「種まき兎」にスポットを当て過ぎると、この話の中に詰まっている信夫の里の人々の吾妻山の見え方が薄らいでしまうように思えるのだ。
 例えば、以下の部分は、図説「福島市史」で解説された「信達盆地には、山上の五色沼と底が通じている貝沼・吾妻沼の伝説地には必ず吾妻信仰がある」ということと重なる部分だ。
 村人は、田沢の貝沼(皆沼)は西山の雷沼(東屋沼)の底とつながっていて、吾妻権現がまつられていたので、ここで雨乞いしたが、さっぱりききめがなかった。そこで、村人は山伏の先達(あんない)で大ぜい雨笠・みの着て、吾妻山さ登って雷沼に「雨たんもれ龍王やーイ」といったが、一つぶの雨も降らなかった。
 「田沢の貝沼(皆沼)は西山の雷沼(東屋沼)の底とつながっていて、吾妻権現がまつられていた」とある「田沢の貝沼(皆沼)」が、「信夫の里から東屋沼を意識する③」で整理した「田沢の貝沼(皆沼)」だ。
 http://kazenoshin.exblog.jp/20582422/
 ここで「吾妻権現がまつられていた」というのが、「信夫の里から東屋沼を意識する④」で整理した「信達一統誌」が「是則東尾沼神社なり」とした「大宮神社」を指すのかどうかは分からない。
 http://kazenoshin.exblog.jp/20588985/
 この田沢での雨乞いにききめがなかったので、山伏の先達で、村人総勢で雨笠・蓑着て、吾妻山に登って、雷沼に「雨たんもれ龍王やーイ」と雨ごいしたという話だが、この雷沼が、吾妻山の一切経山の先の五色沼のことだ。
by shingen1948 | 2016-09-19 16:16 | ◎ 信仰と文化 | Comments(0)