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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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曽良氏は入江野村中村氏をメモってる⑤

 「すぎのめ12号」の「芭蕉の尋ねた神尾氏とは(尾形良吉)」の情報から、主として「曽良氏は入江野村中村氏をメモってる」ことに視点を当てて整理してきたが、その本文が主張する本来の趣旨から外れている。
 本来の趣旨は、5月1日に二本松から福島領に入った芭蕉一行が、福島町に入る手前の郷野目村で神尾氏を尋ねていることとのかかわりだ。
 「おくの細道―曽良随行旅日記」原本複製の裏の二ページにわたる覚書の中にあったというメモを再掲する。
  乗井 石黒左兵へ  本龍寺
  福島郷野目村    神尾庄衛門
  同 入江野村    中村岡衛門

 芭蕉一行が尋ねた郷野目村の神尾氏は、この中の「福島郷野目村神尾庄衛門」氏であろうとの推測のようだ。このことと尾形家系を照らし合わせることで、尋ねられた神尾氏がより具体的に明確になるということのようだ。

 まずは、このことにかかわる「奥の細道」側の情報を整理しておく。
 「奥の細道」本文で「福島に宿る」までを記すのは「安積山の章」だ。
 須賀川の等躬の家を出立して桧皮の宿を過ぎたあたりに安積山があり、そこの沼の「かつみ」という植物を探しているうちに、日は山の端にかかってしまう。それから二本松の黒塚で岩屋を少しばかり見物して、福島に宿をとったとする。

 「曽良随行日記」によれば、等躬の家を出立するのが4月29日で、その日、守山から郡山へ向かい、日の入前に郡山に到って宿をとったという。「その宿、むさ苦し」かったともある。
 郡山の宿を出て、日和田の宿を過ぎ、安積山を経由して二本松に入り、黒塚に立ち寄り福島宿まで進むのは、5月1日の事のようだ。

 「曽良随行日記」では、福島に入ってからの様子も記される。この情報が、郷野目村神尾氏を尋ねたという具体的な情報となる。
  八町の目より信夫郡にて福島領也。福島町より五、六丁前の、郷ノ目村にて神尾氏を尋ねる。三 月廿九日、江戸へ参られた由にて、御内儀・母堂へ逢う。すぐに福島へ着いて宿す。日まだ少し残 る。宿きれい也。
 この情報とかかわっての照らし合わせのようだ。
by shingen1948 | 2016-09-01 10:56 | ◎ 芭蕉の足跡 | Comments(0)