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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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曽良氏は入江野村中村氏をメモってる④

 何度もこの辺りを散歩したものにとっては、医王寺に向かうのには「福島―岡部渡しー山口(信夫文知摺)―瀬上―上高梨―高石仏板碑群の脇道」まで古道の筋道に沿ってきて、ここから河岸段丘縁を経由して「星の宮」に向かうというのが自然のように思う。山形道の道標に突き当たる道筋でもいい。
 しかし、「奥の細道臨地研究(県教育センター)」資料では、「瀬上―下飯坂―高梨―飯塚六角―星の宮―五郎兵衛館(上飯坂)―鯖野―医王寺」のコース取りがいいとする。「奥の細道」を文学的に考察する方々には、このコース取りを想定することが多いように思う。
 その根拠になるのが、芭蕉が飯坂を飯塚に聞き誤っていることだ。
 この聞き誤りにはそれなりの理由があるはずだとする。少なくとも、「イイズカ」の地名を耳にする可能性があるのは「飯塚六角」を経由することだということだ。
a0087378_10244037.jpg 「曽良氏は入江野村中村氏をメモってる」ことが、このこととかかわるのかもしれないと思ったのだ。
 もしかかわるのだとすると、本来的に目指す道筋は、この辺りで「瀬上道」とする道筋ではないのかなと想像する。飯塚村から鯖野村と入江野村の村界に沿った道筋だ。
 この道筋にスムーズに入り、入江野村中村氏に出会えていたのなら、この道筋とクロスして飯坂に向かう西街道に入り、その道筋を進めば医王寺に辿り着く。しかし、「飯塚の里鯖野と聞て尋ね尋ね行に」ということであり、入江野村中村氏に出会った様子もなさそうだ。
 それなら、飯塚村からの道筋の途中から鯖野村側に逸れて進んで、どこからか西街道の道筋に入って医王寺に辿り着いたのではないのかなと勝手な想像を膨らませている。
 そうすると、こんな行程想像はどうだろうか。

 「飯塚六角」までは「奥の細道臨地研究(県教育センター)」資料④の通りだが、ここから星の宮へ向かうのではない。そのまま西に進んで「瀬上道」に入るのだ。飯塚村の中心地を左手に経由し、石堂へ南下する道筋辺りで混乱するというのはどうだろうか。ここをそのまま西進して鯖野村に入ってしまうのだ。道筋から外れるとすると、この辺りでないのかなと思うのだ。
 ここから尋ね尋ねて西街道の道筋に出会う。その道筋をたどって、無事医王寺に着いたというコース取りの想像だ。
 こんな想像が可能だと思うのだが、どうだろうか。
by shingen1948 | 2016-08-29 10:29 | ◎ 芭蕉の足跡 | Comments(0)