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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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平野村道路元標設置場所跡を探す⑦

平野村道路元標設置場所跡は分からないままだ。

そういいながらも、散策中は、心のどこかに現堂ノ前16付近民家前の道筋が平野村道路元標設置場所跡とかかわらないものなのかという気持ちで歩いている。
a0087378_12140584.jpg  
平塚村側の「堂ノ前」という村界の小字名は、この「観音堂」由来なのではないかと想像している。今回、「東屋沼神社」を明神様という言い方をするのは平塚村と村界をなす入江野村側の小字「明神脇」はこの明神様が由来と思うからだ。

この写真は、その「観音堂」側から「明神様」側を眺めた風景ということだ。

昭和27年航空写真とのかかわりでは、大和田からの主要な道筋の一つが病院の東側を通って観音堂と明神様とを結ぶ道筋につながっていいたのだが、その病院がこの写真の左側に写っている。つまりは、この写真の現駐車場の奥の縁が、大和田からの主要な道筋であったということだ。

航空写真には、堂ノ前16地点付近に一軒の民家が写っていたのだが、その位置関係から、この写真の中央奥に写っている民家が、その民家なのだろうと想像する。

航空写真には、堂ノ前17地点付近の民家から明神様の南側を走る道筋のみが写っていたのだが、現在は数件の民家が立ち並ぶ。位置関係からみて、航空写真に写る道筋は、その現神社南側に立ち並ぶ民家の北縁だろうかと想像する。

この写真の一番手前の建物は神輿小屋だが、その民家の北縁は、この小屋の左側とつながる感じの位置関係だ。


by shingen1948 | 2016-08-20 12:15 | Comments(0)