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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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福島に創設された「私立のローマ字学校」③

 中野鉱山跡から移動した大平の俎山の地点は、大笹生大平集落に通じる通称「赤岩道」が菱川と出会う地点とのことだった。前回の整理で、本格的に私立ローマ字学校の事業が展開されるようになるのは、この地点らしいことが分かった。
 その中で、通称「赤岩道」というのは大滝集落から赤岩駅への道筋らしいことも分かる。菱川沿いには、杉の平集落からその菱川に沿った道筋があったようで、大滝集落からの通称「赤岩道」と杉の平集落からの菱川沿いの道筋の交点西側の標高450mの高台付近にこのローマ字学校は建設されたということになるようだ。
 青葉学園の資料によると、その土地は平野村長紺野繁右衛門所有地とのことだが、< 街道Web >の情報によれば、この方は平野村の資産家だった方で、円部集落の製炭改良組合へ設立資金を貸すなどしていた方とのことだ。
 前回の整理で、この土地を紹介された方は、元々は大滝集落で炭焼きの名人であった方らしいことや、この方の炭釜が近くにあることを考え合わせれば、この組合繋がりなのかなと勝手な想像が浮かぶ。
a0087378_13172376.jpg 平野の井野目村散策で、その紺野繁右衛門氏のお名前を目にしている。
 三角山のフルーツライン側からの入口に建つこの「道路竣工記念碑」の12名の村会議員の2番目に刻まれている。この道路竣工が大正3年のようで、この時点では村会議員だったようなので、その後村長になられたということなのだろうと想像する。
 平野の井野目の散策では、もう一人井野目堰にかかわる願外しの中心人物だった紺野伴右衛門氏が気になっているところだが、この方はこの石碑上では、青年会副会長の役職になっていらっしゃる。
 この一字違いは、関連がありそうで偶然ではなさそうだと勝手に思っているところだが、ついでに、この石碑の中に、もう一人一字違いの方がいらっしゃる。それが、寄付者紺野九右衛門氏。

 今回の整理は、「福島に創設された『私立のローマ字学校』」というよりは、平野村の井野目集落の散策とのかかわりで、また余談の余談になってしまった。
by shingen1948 | 2016-06-23 13:38 | Comments(0)