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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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信夫山散歩情報の確かめ~信夫山の魅力と聖性の維持⑱

 北坂口登攀路が丸子口になる以前の旧北坂口登攀路は、三条院口であったとのことだ。
「信夫山巡り【梅宮茂】」では、次のように解説されることについては、先にも記したが、再掲する。
 先達三条院は早く廃れたので詳しいことは不明である。羽黒山の北西に字三条院があり、遺跡も定かでない。金山があって昭和8年4月から大日本工業KK福島鉱山があった。
 三条院付近には、三日月石、馬石、早坂屋敷近くに二十三夜石などの拝み石があり、48石の一つである。山道は斜行して熊野峠の三熊野山をめぐり、北坂にでて羽黒山の北参道に至る。早坂屋敷は、羽黒山西の真下にあって、早くから山伏村を脱して帰農した人家である。羽黒山祭礼の楽人が多かった。羽黒山に直進する参道があり、急坂であるので這いながら登るので古くは這坂といったという。
 三条院口の登攀路が、昭和8年4月から大日本工業KK福島鉱山があった付近の金山あたりであることが読み取れる。このことについては、先に「信夫三山22 ~ 熊野山⑥」で整理している。
 http://kazenoshin.exblog.jp/10418979/ 
 そして、その金山の坑道の遺跡と信夫山の地下工場の遺跡が重なっているという状況だった。その事については、先に「福島と戦争」⑤で整理している。
 http://kazenoshin.exblog.jp/11203988/
金竜抗の北口を確かめることで、金山の坑道の遺跡の方向性のようなものが見えたような気がして整理したのが、「信夫三山23 ~ 再び羽山」だ。
http://kazenoshin.exblog.jp/10425497/
 地下工場遺跡は、実際に存在するので、散策の中で確認しやすい。この史跡についても曖昧な表現をしたところがあるのは、坑口が完全にふさぎ切っていない所もあることへの配慮だった。
 このブログは影響を及ぼす程のものではないことは分かっているが、万が一のことも考えたということだ。

 散策を中心に整理する者にとって、三条院口の登攀路付近を散策した時点では、金山の遺跡はイメージできていなかった。地下工場遺跡が重なってしまったからだ。しかし、その地下工場遺跡の散策から金山の遺跡との重なりがイメージできた部分もある。更に、新たに信夫山の金山にかかわる情報を見つけたものもある。それらの情報を重ねて、もう一度整理し直してみたいと思う。
by shingen1948 | 2016-05-27 18:24 | ◎ 地域散策と心の故郷 | Comments(0)