地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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信夫山散歩情報の確かめ~信夫山の魅力と聖性の維持⑯

 巨石・巨岩に神の宿る「磐座(いわくら)」と呼ばれる特別な見え方は知らなかったが、立石山の林立する巨岩全体にふれて、畏敬の念を抱いている自分を感じた。その前後で、信夫山の岩場が違って見えていることにも気が付いた。
 現役で社会と交わっていた時代は、感性の上位に理性を置いて考えることが習慣化されていた。それで、自分の感性が衰退していたのだと思う。社会的な制約が薄らぐと、自分の感性に素直に向き合うことができるようになったこともあって、呼び覚まされた感覚という気もする。

 自分の中の信夫山立石に感じる「石に宿る神の力」を確かめると、「巨大な石で作られた建造物に神が下りる」というイメージというよりは、林立する巨岩群は神がつくったというようなイメージに近いように思う。案内板の解説にあった「むかしのこと、信夫山の神がみが、ふしぎなこの立石の形をつくった」ということを実感的に捉えられたのだと思っている。
a0087378_12132182.jpg 「石ケ森」の岩場にも神の仕業と感じたのだが、その感じがなかなか整理できなかった。それで、「信夫の里の狐」を通してその雰囲気を整理したのが、「信夫の里の狐達④~『石ケ森』」
 http://kazenoshin.exblog.jp/17249604/
 ここでは、このことを次のように表現している。
 裏山には岩がゴロゴロしていて、確かに狐が住めそうな雰囲気でもあるが、修験極楽院がかかわってもおかしくはない雰囲気でもある。それどころか、それ以前からの岩石や巨樹に神々が宿ると考える場所だったのではないかなと思えてくる。石ケ森との地名から、これも勝手に岩石系の信仰を想像する。
 地質学的な事は知らないが、感覚的に「石に宿る神の力」の感じ方として、この岩場が信夫山の立石山の岩場とつながっているのではないかというイメージもあることを付け加える。
by shingen1948 | 2016-05-24 12:15 | ◎ 地域散策と心の故郷 | Comments(0)