地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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信夫山散歩情報の確かめ~信夫山の魅力と聖性の維持⑩

 山の神講という事には多少の違和感があるのは、五十辺地区は農の地域ではあっただろうが山村ではないということだった。
 しかし、飯館村の大倉地区のハヤマ信仰と山津見神社の関係性を確認すると、それほど不自然でもないかなとも思えてくる。
 飯舘村大倉地区では山津見神社を葉山の神社とみるようなのだが、その「山御講」を確認してみたら、その由来に「山の神信仰は全国的に見られるが、飯館村付近では農業の神としての信仰もある」ともあった。
 その上で次のような山の神講の内容が説明されていた。
 組ごとに宿に集まり、餅を山の神に供えて拝む。供えた御神酒や餅をいただく。餅は米一升を持ち寄って搗き供え、残さず食べる。一升餅を食べたものであるが、御神酒をいただいてからは、外に出てはならないし、お茶を飲んでもいけなかった。
 「福島県のホームページ」の「森林文化調査カード」には、飯館村の大倉地区のハヤマ信仰の様子も記される。
 虎取山をハヤマと見るようだと思えるのは、最後の御山かけの神事で、最初に拝すのがこの山の神である山津見神社であるということだ。
 ハヤマ信仰の祭場となるのは、古くから葉山の別当寺だという岩井山福善寺(真言宗)とのことだ。参加者は、ここに白い行衣を身にまとって籠り、神事を行うという。
 寺の本堂の中央に祭壇が設けられ、そこで、神降臨の憑依とも考えられる「火つるぎ」という神事や、次のようなハヤマ神のついたノリワラに託宣を受ける神事が行われるということのようだ。
 僧侶がハヤマの神がついたノリワラに翌年の村落生活全般に伺いをたて託宣を得るしいうことのようで、そのノリワラにハヤマ神が付いたり離れたりするのは、僧侶の般若心経とまじないなのだとか。
 そして、そのハヤマ信仰の最後の神事が御山かけということになるようだ。
 本堂で読経後、一同で「サンゲ、サンゲ」と三度唱和して、僧侶の法螺を合図に葉山に向かって出発して、いろいろな神を祈るようだが、その最初に拝するのがハヤマ信仰の神事が行われていた福善寺の上の山津見神社ということのようなのだ。

 これらの情報を得ると、農の地域である五十辺地区の「虎取山神神社」が、飯舘村佐須の虎捕山の「山の神」である「山津見神社」とかかわっていたとしても、不自然ではなくなるような気になってくる。
 それは、五十辺地区のハヤマに相当するのが立石山で、そのハヤマに鎮座するのが「虎取山神神社」という関係性が理解できることが一つ。もう一つが、この山の神は、農業の神としての信仰も受け入れる山神講だということだが、どんなものだろうか。
by shingen1948 | 2016-05-15 14:49 | ◎ 地域散策と心の故郷 | Comments(0)