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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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信夫山散歩情報の確かめ~信夫山の魅力と聖性の維持⑨

 「虎取山神」で有名なのは飯舘村にある虎捕山の山津見神社らしい。
 「福島県のホームページ」の「森林文化調査カード」には、飯館村の大倉地区、佐須地区、そして村全体のその山神講の様子について記される。山神講は旧暦の年2回行われるとのことで、飯舘村全体のカードに記されるのは、次のような事だ。
 山御講(山神講)は、賄いなど全てを男小生だけで行った。 旧歴 1 月 17 日と旧 10 月 17 日の年2回、講員が宿に集まり、山仕事の無事を念ずる講で、組毎に講を構成している。
 当日、集落毎に祭祀している山の神の祠に、講事に先だって、組の代表が神饌、蝋燭を供え、山仕事で怪我のないように一同で祈願し宿に戻る。宿の床の間には、山の神の軸物をかけ、講員の数だけ餅を丸めてオブク(お福)として供え、その他に、お頭付きの生魚2匹、野菜などを供える。オブクは持ち帰り神棚に供え、後に家族一同でいただく。この講では、一升餅を食べるものとし、残すことは許されない。古くは、臼を洗った水までも飲んだという。
 佐須の山津見神社の秋の例祭には、講員の中から輪番で2、3名が参詣に出掛け、神札を受けてきて講員に配る。明治末頃まで、たくさん茶屋が立ち、夜を徹して遊んだと言うぐらい賑わった。山御講は村内のほとんどの地区にあり、戸主の集まりとして地域の結びつきを強めるための大きな役割を果たしていた。
 この飯舘村佐須の虎捕山の山津見神社が、五十辺地区「虎取山神神社」とかかわるのかどうかは分からない。ただ、五十辺地区の山神講が健在なら、似たような講の形式なのではないかとの想像はできそうに思うが、五十辺地区の山仕事のイメージが思い浮かばない。
 ただ、佐須の山津見神社の例祭は、明治末頃までは、たくさんの茶屋が立ち、夜を徹して賑わったとある。近郷近在はもとより、県外からも多くの参拝者があったとのことならば、「佐須の山津見神社の秋の例祭」の代参が、五十辺地区でも行われていた可能性が考えられないというわけでもなさそうにも思うが、よくわからない。
by shingen1948 | 2016-05-14 09:06 | ◎ 地域散策と心の故郷 | Comments(0)