地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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信夫山散歩情報の確かめ~信夫山の魅力と聖性の維持⑧

 先に「虎取山神神社」を整理したものを見ると、最初から「虎取山神神社」であるこが分かっていて、そこを目指したようになってしまっているようだ。
 実際の散歩では、調べてから出かけるということはない。最初は何も知らない状態で出かけ、見つけたものを調べて整理する。次の散歩の機会には、その整理したことを資料にして散歩に出る。そういうことを繰り返して、だんだん分かってくるようになるということだ。
 先の整理では、実際の散歩と違ってしまっているように感じるところがあるので、整理し直す。

 道路を挟んだ立石への道も計画的に登ったわけではない。何となく登ってみようという感じだった。
 その道筋を登ると岩場の前に山頂らしき平場に辿り着いた。ここが立石山山頂かなと思ったところに、テレビ塔が建っていた。そんな感じだった。  
 この時に、本当は山頂の岩場に登っていて、そこからの遠望を楽しんでいる。しかし、その事についてふれなかった。今思えば何もやましいことはなかったのだが、あの時の整理段階で、あの岩場は神聖な場所だったのではないかという思いが強く働いて、その時の行動に自信が持てなくなっていたのだ。
a0087378_17173871.jpg 山神神社との最初の出会いも、最初から分かっていたということではなかった。
 登攀路を登る途中で岩場を見上げた時に見えた拝殿らしきものが気になっていた。それで、山頂から戻る途中に、登れそうなところをよじ登って、その拝殿らしきところ辿り着いたということだ。
 ここから先の岩場を登っていくことができそうだったので、岩山を進んでみたら、山頂らしき場所に出た。その目の前の岩場もよじ登ってみみたら、先に登りついたところと同じ場所だと気づいたということだ。
 山頂で再び遠望を楽しんだ後、岩場の道を道なりに下ると、一周道路の「虎取山神神社の鳥居」に降りてきた。この時に、下ってきた道筋が先の拝殿の参道だろうと想像したのだ。つまり、先の拝殿が「山神神社」らしいと知ったのは、この時なのだ。
 先の整理では、「五十辺地区の古峰神社」とされることにまでふれているが、その紹介は更に後の整理する段階になって見つけたものだ。

 今は、この神社は「山神神社」であることの確からしさが高いと思っている。少なくとも「五十辺地区の古峰神社」との言い方の「古峰神社」には?をつけて整理すべきなのだろうと思っている。
 今は「五十辺地区の古峰神社」との言い方は、五十辺地区「虎取山神神社」の山神講は、御山地区の「古峰神社」と同じように現在も健在という意味だったのかなと勝手な推定をしている。
 なお、今回の整理のための確認で、「虎取山神」で有名なのは、飯舘村にある虎捕山の山津見神社らしいことを知った。
by shingen1948 | 2016-05-13 17:24 | ◎ 地域散策と心の故郷 | Comments(0)