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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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信夫山散歩情報の確かめ~信夫山の魅力と聖性の維持⑥

 史跡巡りの感覚で信夫山に鎮座する神社を参拝しているところがあるのだが、本来的には宗教の施設だ。地区の人々によって講が機能しているということは、必ずしも本来的な信仰心によるものとは限らないが、少なくとも宗教による形式は機能しているということではある。
 今回、その古峯講の詳細を知った上で古峯神社を整理しているということは、以前よりも信夫山の魅力の一つであるその聖性をより深く感じることができているということなのだと思う。
 「福島市における祭礼空間の変容【松井圭介】」によると、岩坂地区では、現在ではわずか4軒で組織だが、庚申講も存在していることが紹介されている。信夫山は山ではあるが町中にある。その中でこういった講の存在を意識してはいなかった。

 明治期には10軒で組織されていたとのことだが、現在ではわずかに4軒で組織されているにすぎないのだとか。それでも、今でも健在のようなのだ。講は毎年2月の初申の日に行なわれるとのことで、以下のような詳細が記される。
 タ方17時頃に、講員は宿へ参集する。講中では庚申様の掛軸を所有しており、講の当日には、宿で掛軸を下げ、講員がお題目を唱和する。その後直会が行なわれる。
 当前が時価5000円相当の酒、サカナつまみ類を準備する。燈明料は1人500円である。
 この情報を得たことでも信夫山の見え方が変わる。
 信夫山の石碑群を史跡の一つとして見ていることに変わりないのだが、そこに信仰心が息づいていることを想像しながらみているということであり、その聖性の感じ方に違いがあると思うのだ。
 「聖性の感じ方の違い」を表現する言葉がなかなか見つからないが、今のところ自分の感じていることに近いのが、「地域の祈りの情報を得ることで、そこに宿る魂のようなものを実感することができた」というふうに表現しておく。
by shingen1948 | 2016-05-10 09:55 | ◎ 地域散策と心の故郷 | Comments(0)