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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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信夫山散歩情報の確かめ~羽黒権現⑩

a0087378_11525468.jpg ここにはいくつかの石塔が並んでいるのだが、案内される「名月の句碑」しか知らない。「信夫山めぐり【梅宮茂著】」では、「馬の足あと石と名月の句碑」の項をたてて、羽黒水付近の岩場とするこの岩場の写真を掲載する。
 「名月の句碑」の案内では、ここに建つ案内板にあるようにその句と俳人を紹介するのだが、その後に「福島藩主板倉勝顕の知遇を得た俳人。羽黒神社再建の功労者」との紹介を加えている。
 その「名月の句碑」は、この写真では、大神宮と見える石塔の右側の石塔だ。この大神宮は「淡島大神宮」の石塔とのことだ。

 「馬の足あと石」だが、「信夫山めぐり」では「足あと石の岩の岩上に『名月や 物にさわらぬ 牛の角 珠屑』の句碑がある」と紹介されている。このことから、この句碑の後ろの岩がそれにあたると推測することができる。以下の紹介が続く。
 「一統志」には義経乗馬のしるしとし、近年まで馬頭観音堂があり、本尊は馬鳴菩薩に似ているので養蚕農家の信仰が厚かった。文化4年編成の信達百番巡礼札所で、本尊は真浄院にある。これを誤って真浄院観音が札所三番と称するが古伝ではない。
 「義経乗馬のしるし」は伝説の世界だろうが、気になるのは近年まで馬頭観音堂があって養蚕農家の信仰が厚かったことと、現況の真浄院観音とのかかわりの部分だ。

 「信達百番巡礼札所」については、「日本を巡礼する」というページで、「信達百観音」として、以下のように説明されるのをみつけた。
 文化四年(1807)岡部村片平嘉佐衛門、大笹村藤原金重郎貞儀が、「信達西国三十三観音」に加え「信達坂東三十三観音」「信達秩父三十六観音」を設定し、102ヶ所を「信達百観音」と制定。
 ただ、ここでは、「真浄院観音」が「信達秩父三十六観音」の札所9番であることはできるが、「信達百観音」の「札所三番」とされているのかどうかは確認できなかった。また、「真浄院観音」は、「信夫新西国三十三観音霊場」では「札所二番」であることが分かるが、その本尊は「千手観世音菩薩」のようで、馬鳴菩薩に似た馬頭観音ではなさそうだ。
 そのあたりの事情は分からない。
by shingen1948 | 2016-04-12 11:51 | ◎ 地域散策と心の故郷 | Comments(0)