地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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信夫山散歩情報の確かめ~羽黒権現④

 一般化された出羽三山の羽黒権現と寂光寺のかかわり情報を元に、青葉山寂光寺と羽黒権現の原風景を想像してみたところだが、信夫山(青葉山)の羽黒権現の個別情報を元にそのイメージに修正を加えていきたいと思う。
 「信夫山めぐり【梅宮茂著】」を、その個別情報源とさせていただく。散歩人にとっては詳し過ぎるので、興味深いところを拾わせていただく。

 まずは「その29三の鳥居跡・結界場」だ。
 ここでは、三の鳥居跡が結界場だったと読み取れる。この三の鳥居までが外陣であり、ここから先が聖域として定められた内陣とされたように読み取れるのだ。
a0087378_17591128.png その三の鳥居の位置は、旧参道と信夫山一周路の車道がクロスするあたりと推定できる。次の「山王と一之宮稲荷社」の地とある情報に加え、「三の鳥居跡山王社の右上に広大な平場が、青葉山寂光寺の遺跡」だとするとあることや、「今、ここは車道となり、横道をめぐって一周路となっている」ともあって、間違いはなさそうだ。



 山王と一之宮稲荷社は後世移転したもので、この地は古くは羽黒権現の三ノ鳥居があって結界といわれ、三の鳥居の上は山中最難所と言われる岩盤が露出する険阻な坂で、最も神聖な聖域とされた。一之宮(稲荷社)の後に大杉があって「わらじ掛杉」といった。三の平の結界まで履いてきた草履は、ここで新しいものと履き替える。古いわらじはこの大杉の枝に放り投げ、枝にかけて結界の岩坂を登る。荒行者は、裸足で岩を踏んで権現社の宝前に進んだという。

by shingen1948 | 2016-04-07 18:00 | ◎ 地域散策と心の故郷 | Comments(0)