人気ブログランキング |

地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31

信夫山散歩情報の確かめ~寂光寺②

 寂光寺にかかわる仙台の情報をネットで確認してみる。確からしさの確立が高い情報源として「要説宮城の郷土誌【仙台市図書館】」を選択する。
 「いつ頃から『青葉山』と呼び始めたか」の項では、古文書に現れる地名の確認を通して、確実には分からないとしながらも次のような結論に落ち着いているようなのだが、ここに仙台の寂光寺情報が出てくる。
 青葉山寂光寺は信夫郡の青葉山から、慶長 7 年仙台城本丸傍に移され、その存在に因って「青葉山」の地名が発生することになるのであると考えられます。もとより正式命名というスタートの仕方ではなく、寺の山号→所在地の呼び名→周辺の呼び名として自然的に発生し、士民一般の共用性が高まり、次第に定着したものです。
 「青葉山」の名称は、青葉山寂光寺の山号がもとになったとの推定で、リビング福島「信夫山散歩」で、仙台に移された寂光寺の山号「青葉山」が地名青葉山の由来であるとの情報と一致する。

 興味があるのはその推定に至る資料の確認だ。
 地図上での「青葉山」初出は、「正保3.4年〔1645 ・1646〕仙台城絵図」とのことだ。本丸と二の丸敷地の中間あたりの西方、竜ノロ渓谷の対岸の山地に「青葉山」の名が記されるという。
 この資料の確認はできていないが、確認を進めると仙台市史特別篇7「城館」付録正保2年(1645)「奥州仙台城絵図」とされる資料の本丸山城が建つ山の右下に、この山の名称を示すように「青葉山」とあるのを見かける。
 また、古文書での「青葉山」初出は「残月台本荒荻」で、その中の「残月亭の南脇御二ノ丸の間を青葉山寂光寺と言ふ、御本丸御移の節、右の寂光寺を北山に移し……』の寺の山号「青葉山」(せいようざん)」とのことだ。これは、リビング福島「信夫山散歩」の情報と重なる。この「残月台本荒荻」は、仙台城築城の時から 170 年経過した安永 8 年〔1779〕の編著といわれるとのことだが、今回はこれを直接確認かるこしはできていない。
 江戸時代の地誌「奥羽観蹟聞老志」にも同様の情報があるということだった。こちらは、近代デジタルライブラリーで確認できるので、確かめているところだが、今のところその情報は見つからない。

 さて、リビング福島「信夫山散歩」では、青葉山寂光寺の山号が「青葉山」の由来だが、その青葉山寂光寺の山号は、「信夫山」の古名「青葉山」が由来であることを指摘する。
 そのことについては、「要説宮城の郷土誌【仙台市図書館】」でも「残月台本荒荻」という古書をもとにふれている。
by shingen1948 | 2016-02-16 07:29 | Comments(0)