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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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NHK大河ドラマ「真田丸」と仙台⑤

 福島散歩の中で感じることがもう一つある。それは、敗れた者を受け入れることだ。
 例えば、源義経が奥州藤原氏を頼って平泉に逃れてくる。途中、信夫荘の佐藤氏ともかかわりあうようだが、その義経を東北は受け入れている。
 戦いに敗れたものが東北に逃げてくるのは、政治の中央から遠く離れているからというのが最大の理由ではあろうと思う。しかし、それだけではなく、東北には敗れた者を受け入れる懐の深さがあるのではないのかとも思うのだ。
 阿弖流為の時代から、東北は中央といわれる西の方から侵略され続けた地だ。戦うつもりなどないのに、勝手に征討の対象とされてきた権力の被害者が住む地だ。敗れた者に対する共感や同情心が強いのだと思う。
 ただ、伊達氏自体も、西からの侵略の一員としてやってきた勢力だ。政宗が、なぜ発覚したときの危険を冒してまで幸村の遺児を受け入れたのかは分かっていないようだが、この敗れた者を受け入れたことも、この東北の懐の深さとかかわるような気もするのだ。
 伊達氏にも敗れた者に対する共感や同情心が醸成されていたのだとするならば、それは東北に土着することによって醸成された価値観なのかもしれないのかもしれないなとの思いだ。

 ドラマだが、緊迫した織田信長との謁見シーンが見どころの第4話『挑戦』のあらすじは前回記したところだが、これはフィクションらしい。
 大河視聴でいつも参考にさせていただいている「坂の上のサインボード」では、実際には、織田家の代官として東国取次を任されていた滝川一益を介しての臣下の礼をとっただけとみている。ただ、織田家に従属する証として娘を人質に送り、信長の好みそうな黒芦毛の馬を送ったというのは事実で、信長が昌幸に送った礼状が残されているとのこと。
 それにしても、ドラマとしては緊迫感あふれる見事な展開でひきつけられた。

 その後の本能寺の展開はあっけない。
 石田三成が叱責されるワンシーンで「敵は本能寺にあり」となって、本能寺の変が勃発したと思ったら、信長が亡くなったとのナレーションで、この回で次の時代を迎えてしまう。 
 これも、真田家がその時代の渦の中に巻き込まれるという緊迫感の演出かな。
by shingen1948 | 2016-02-03 08:37 | Comments(0)