地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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福島城址⑯~もう一つ密語橋の似合う風景

 「写真で見る板倉氏と福島」の享保20年(1735)の福島城下絵図で密語橋付近をルーペで拡大して眺めると、周りは侍屋敷で、その入り口の川沿いに米沢藩の米蔵が描かれているように見える。
先の密語橋周辺の整理では、「密語橋口から外堀を超えた右側に、外役所、訴訟人溜まりがあり、左手に代官屋敷があり、その奥に侍屋敷になっているらしい」とした。こちらは、「図説福島市史」の「福島城内外之図」をもとに読み取ったものだ。

 先の整理では、城の南西の方角とのかかわりで密語橋の伝説を感じてみたところだが、案外この外役所のある風景も密語橋にかかわりの想像も捨てたものではないかもしれないとも思えてきた。上記経緯から時代の整合性は合わないのだが、伝説は後からつくられたものと思えばいい。散策人の気ままな想像としては似つかわしい風景に思えたことを記す。

 「外役所」の役割について「野田村郷土史」の附録「福島城之事」についての解説を見つけた。
 城内に内役所を設く 郡代代官相詰 在町に関する一切の事務を取り扱ふ 割元町年寄り相詰 在町諸願伺届等執達に及ふ 毎月6日16日26日を評定と相定め 普通の件は右式(執?)日を以って在町より申出るを例とす 但し臨時のの事項は此限りにあらす
 ここまでで、城下の司法関係役所らしいことが分かる。その後半の解説からは注目すべき解説の概要を拾う。
 まずは、「町回り同心相詰る領内在町犯罪者拷問は同役所にて取り調べ、重き処分は外役所にて進達す」とある。このことから読み取れるのは、この役所は刑事事件も扱うということだ。当然、吟味どころの機能も有しているということだ。ここには、責め道具等があり、当時の厳しい取り調べのも行われていたことも想像される。
 次に、この外郭河岸通り東にこの役所を置く理由を読み取る。
他方引き合いの都合とか、領内の重罪人処置が行われる事、更には、目付等の立ち合いの必要などが挙げられていることが読み取れる。

 密語橋口番所から外堀を超えて城内に入ることを想像してこの風景を確かめる。
 右手現杉妻会館付近に、領内在町犯罪者拷問取り調べが行われ、重き処分を進達する外役所が見える。その入り口にも番所があって重々しい雰囲気。左手には、その代官所が見える。 
 この風景を想像すれば、散策人の感覚としては、その入り口にこの王老杉の御魂のご神木とかかわる密語橋が構えているというのも結構似合っているのではないかなと感じている。
by shingen1948 | 2016-01-17 08:27 | ◎ 地域散策と心の故郷 | Comments(0)