人気ブログランキング |

地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30

福島城址⑪~「杉妻稲荷」

 「杉妻稲荷」は、密語橋とのかかわりでの情報を整理しようと思ったのだが、密語橋が架かった時代は「重次福島城普請の頃」との前提で話を進めるとその整合性が難しい。むしろ、この神社が産土神だったらしいことや、元々鎮座した位置情報の方に興味は引きずられている。
a0087378_6191643.jpg 現在は、その杉妻稲荷神社は紅葉公園に鎮座する。
 この写真は、2012年4月に撮ったものだ。左手奥が杉妻稲荷神社で、その手前右手に板倉神社が仮の場として鎮座する。今回の震災で元々板倉神社が鎮座する地が崩れて改修しているためで、現在は元の地に戻っているはず。

 杉妻稲荷神社脇に建つ案内板の解説によれば、この神社は元郵便局の北通りに、杉妻城(福島城)の艮(うしとら)(東北)の守りとして西向きに建っていたという。そこが行き止まりだったのが、郵便局の建設と道路の開削のために、明治の初めに現在地に移されたものとのことだ。
 「ふくしまの歴史」では、杉妻稲荷神社は福島城の守護神で、もとは福島郵便局の敷地内にあり、福島城の東北の守りとしていた。明治になって現在の場所に移されたとする。

 ここに、元々の位置と福島城の東北の守りで西向きという城との位置関係にかかわる情報が含まれる。それは、今回の大原新病院建設予定地の発掘調査のすぐ左手だ。発掘調査で明らかになった城の北西角の新屋敷とその堀の風景に、この情報が重なる。
a0087378_6394040.jpg 大原病院にパネル展示する概要図をお借りしてその位置を確かめる。
 「元郵便局の北通り」というのは、赤で示した道筋で、その南側の四角い建物が「もと福島郵便局」だ。この辺りに元々杉妻稲荷神社が鎮座したということで、その辺りを黄色の丸印で示す。
 案内板の情報でも「ふくしまの歴史」の情報でも、この位置が福島城の東北の位置だとさらりというのだ。
 素人の散歩人としては、この位置は「重次福島城普請の頃」以降の城とのかかわりで、大手口で方角的には城の大手門の真北というイメージだ。むしろ信夫山の裏手の散策で気になったラインと重なっても見えなくもない。
 解説に従って、ここが東北の位置に見えるように紫の線で東西と南北に補助線を引いて眺めれば、ここが東北の位置になるような城の位置は紫で囲った辺りということになる。西庁舎付近だ。
 地元の方は、暗黙の裡に「重次福島城普請の頃」の前の時代の杉妻城とか大仏城の時代の城をこの辺りに想定して話を進めるらしいことがわかる。
by shingen1948 | 2016-01-12 08:17 | ◎ 地域散策と心の故郷 | Comments(0)