人気ブログランキング |

地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30

叺内付近の散策~郷倉

a0087378_5275343.jpg 案内はないが、「歴史地図」にプロットされる「郷倉」はこちらだと思う。

 「郷倉」についての解説をネットで確認。以下の「ブリタニカ国際大百科事典」出典の解説が検索できた。
 「『郷蔵』とも書く。江戸時代、農村に設置された公共の貯穀倉庫。本来は年貢米の一時的保管倉庫であったが、中期以降は、凶作飢饉にそなえる備荒貯穀用として利用、のちには貸出しも行われた。郷倉の建物は村有、官有などがあって一定しないが、敷地は免税地で、普通村役人が管理した。」
 「農村に設置された公共の貯穀倉庫で、普通村役人が管理した」とのことで、その範囲の村単位は分からないが、この辺りが「村役人が管理」しやすい場所であったことの想像はつく。

 「歴史地図」では、次のようにメモする。
 凶作のための郷倉
 非常時の時のために米を蓄えておく。今は使っていない。
 「(江戸)中期以降は、凶作飢饉にそなえる備荒貯穀用として利用、のちには貸出しも行われた」との解説と重なる。
 「非常時の時」が「凶作飢饉」ということなら、近くの佐原村を中心とした一揆にかかわる散策と重なる。荒川氾濫ともかかわるとみれば、「歴史地図」には叺内阿部家屋敷の北側に氾荒川氾濫の痕跡が描かれている。こちらと関連させて散歩するのなら、途中よく出会う治水供養塔とのかかわりでも結びつく。ただ、水防倉庫の機能も有していたとすれば、それに伴う用具も保管されていたようにも思うが、そこは分からない。
by shingen1948 | 2015-12-19 08:27 | ◎ 地域散策と心の故郷 | Comments(0)