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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン

土湯会津道を歩いてみる⑯~林道地蔵原線沿いの風景

 今回のゴールにしようとしていた国道115号線と交わる地点はもう直ぐだ。
 その少し手前を横切る道筋を左手に少し進んだところに地蔵原の石仏群について整理して、地蔵原の開墾を意識したところだ。
 「信達二郡村誌」の地蔵原の解説から、地蔵原開墾にかかわる部分を確認しておく。
 此原を寛延 宝暦の頃より誰謂ふと無く地蔵原と謂ひ習はせり 故に今は地蔵原と称す 安永六丁酉より諸村入会地となる
 入会村は本村及ひ上鳥渡村 下鳥渡村 旧成田村 旧赤川村 旧下名倉村なり
 地蔵原の石仏群の先に少し進む。 
a0087378_2412794.jpg 正面が、自衛隊福島駐屯地の実弾射撃場のようだ。ここで道筋は、二手に分かれるが、その右手には進まないように案内される。
 国道115号線が見え、農業総合センター畜産研究所の建物もちらちら見える。見慣れた国道115号線沿いの酪農場へ続く道筋だが、行き止まりになっているということなのだろう。
 もう一つ頭に入れておくべきことは、ここから土湯までの国道115号線の道筋が整備されるのは昭和4~7年にかけてであり、それ以前に整備された道筋はなかったらしいということだ。
 地形的に見れば、山麓から舌状に張り出した高台が自衛隊福島駐屯地の実弾射撃場になっていて、その高地と荒川との間に挟まれた地蔵原が広がっていたということだろう。

 左手の道筋は林道地蔵原線であるとの案内表示板が建つ。
 起点がここ地蔵原で、終点が水原山居。昭和44年~48年にかけて開設なのだとか。
 この道筋を進んでみたのは、単なる気まぐれだった。
 しかし、実際に歩いてみたら、ここが地蔵原に必要な水の供給源として重要な役割を担っていることが実感できた。
a0087378_2452473.jpg その一つが、飲料水。
 釣り堀を過ぎて、少し進んだところにあったのが、この地蔵原配水池だ。この地蔵原近隣の飲料水を供給しているらしいことが分かる。

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 自衛隊福島駐屯地の実弾射撃場の奥に、この飲料水の供給源の一つがあることが分かる。
 原宿で見た反対運動の看板は、このこととかかわるのかなと勝手に思う。
by shingen1948 | 2015-12-06 08:37 | ◎ 地域散策と心の故郷 | Comments(0)