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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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土湯会津道を歩いてみる⑪~愛宕原

 前回までの整理で、石川(荒川用水)灌漑地域は、「鷺」地域から「原宿」地区にかけての北側に広がりであることを意識した。
 その辺りの東側にかけてが、「歴史地図」がいう〇〇内の地域が広がり、「鷺」地域から西側にかけてと、「原宿」地区から東側の南側にかけてが、〇〇原の地域が広がるというイメージだ。
 「信達二郡村誌」では、その中の「愛宕原」と「地蔵原」の二つの原について解説する。
 まずは「愛宕原」を確認する。
a0087378_659479.jpg 愛宕原の大部分が自衛隊の敷地のようだが、その南側のこの辺りも愛宕原なのだろうと思う。その名称は、「此原の傍に小山あり 山上に愛宕神社鎮座す」ことによるようだ。
 愛宕原
 元標の西南28町に在り東西6町 南北1町20間 面積未だ実測を経す 官有に属す西南二方は入会山に接す 樹木を生せすタダ○株を生す 此原の傍に小山あり 山上に愛宕神社鎮座す 故に原の名とす 新古今家隆の歌 一目のみしのぶか原にゆふしめの心のうちに朽やはてなし 新拾遺後一条入道関白の歌 あらはれて露やこほるるみちのくの信夫か原に秋風そ吹
a0087378_7254100.jpg
 愛宕原の名称のもとになる小山は、この山だろうか。
 「ふくしまの歴史」では、先に整理した「古舘館(梅後館)」や、その位置が不明確でまだ確認できていない「小田谷館」、この前に掲げた写真の奥の方向にある「之ノ字館」とともに、「荒井地区の館」と紹介されている。
 頂上が平坦地で、南北方向に空堀や堀に沿った土塁が見られるとのこと。発掘調査では、頂上に掘建柱建物跡などが見つかって、永楽通宝も発見されているのだとか。
by shingen1948 | 2015-12-01 08:56 | ◎ 地域散策と心の故郷 | Comments(0)