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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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土湯会津道を歩いてみる③

 現県道南福島―地蔵原線の道筋を土湯会津道として歩いている。
a0087378_4154857.jpg 右手に大笹生方面を案内される道路標識を過ぎると直ぐに、左手にしのぶ台への道筋を案内する標識が建っている。これは、浪江町の応急仮設住宅を案内するために建てられたもののようだ。
 現しのぶ台ニューウタウンが造成される高台が、村絵図では愛宕山とされる。その付け根付近が「中谷地遺跡(縄文)」であることを知ったのは、家に戻ってからだ。
a0087378_4171198.jpg その愛宕山と西の山々との間の窪地を道筋が走っている。この道筋は山田村の平野部につながる道筋と交わるのだが、ここはその交差部分だ。
 いろいろな水系の水路の水が、ここで制御されていることが分かる風景だ。
 この道筋の左側の愛宕山麓には貯水池があって、この水もこのあたりで制御された後に、愛宕山の縁を回り込んで流れる「山王川」の源流の一つとして、たつみ用水に注ぎ込むという風景になっている。
 この水路には、最初の散歩の頃から関心があったのだが、この道筋の方にはそれほどの関心はなかった。この道沿いに広がる耕地の風景も、この水路とのかかわりの中で眺めていた。

 この道筋は土湯会津道と交差して北側にのびていくのだが、散歩はじめの頃は、ただぼんやりと眺めていただけだった。
 この道筋が気になりだしたのは、半沢氏の「歴史地図」でプロットされた元荒井村の路元標がプロットされるのが、この道筋の先だったからだ。
 この道筋とのかかわりで、その道標がプロットされる位置を確かめることを何度か繰り返すことになった。というのは、この道筋が、その元荒井村の道路元標がプロットされる付近で、新しく東西に走るようになった道筋と交わり、その後の道筋が消滅しかかっているのだ。その分断され、消滅しかかった道筋を確かめる中で気になりだしたということだ。
 何度も地図と見比べることになるのだが、それで気が付いたのがこの道筋が荒井村と鳥川村の境界になっている事だった。はじめは何とも感じなかったのに、散歩を重ねるたびにだんだん気になる道筋になっていったという感じだ。
by shingen1948 | 2015-11-23 08:14 | ◎ 地域散策と心の故郷 | Comments(0)