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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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土湯会津道を歩いてみる

 鳥川付近の散歩から、何となく土湯会津道を歩いてみていた。地区としては、荒井地区に入るのだが、この辺りの散歩が難しい。
 なじみが薄いだけではなく、次のような事情があるからだ。
 その一つが、縄文時代から中世にかけての史跡が複雑に重なりあっていて、しかもその位置が曖昧であること。
 その二が、頼りの半沢氏の「歴史地図」が、単なる散歩目的の資料にしては詳しすぎること。
 その三が、道筋の改変が繰り返されていて、頼りの「半沢氏の歴史地図」に示される道筋と現状も大きく違っていること。
 そんな事情で、全体を把握してから散歩を始めるというわけにはいかない。
 まずは、道筋に沿った風景を確認するという軽い気持ちでスタートする。歩っているうちに興味のある風景に出会ったら、そこを切り口にして、少しずつ見える風景を広げていくという姿勢の散歩イメージで土湯会津道を歩いてみることにする。

 土湯会津道の道筋は、現県道南福島―地蔵原線の道筋に近いということのようだ。ただ、この道筋は大森の三差路から続いている道筋なのだが、こちらの道筋も含めて江戸時代の土湯会津道なのかどうかは分からない。 
 半沢氏の「歴史地図」では、米沢街道に山王道や会津道が重ねて表示され、観音寺から米沢街道に分かれた山王道や会津道が西進するように表記される。そして、朝日舘辺りからが江戸時代の土湯会津道だと解説されているのだ。
 大森から朝日舘辺りまでの現県道南福島―地蔵原線の道筋道筋が会津道なのかどうかは曖昧だし、観音寺から朝日舘辺りまでの間の道筋もちょっと曖昧なところがある。
 それで、とりあえず朝日舘辺りから現県道南福島―地蔵原線の道筋に沿って、現土湯街道である115号線と交わる辺りまでの散歩を、土湯会津道として整理をしていこうと思う。
a0087378_7155053.jpg メモをとる代わりに、デジカメで風景を写す。バス停があれば必ずこれを写しておくことにした。
 こうすれば、このバス停とのかかわりで写った風景を眺めれば、その前後関係で、その風景の場所が思い出しやすいと思ったのだ。
 まずは、朝日舘を少し過ぎたあたりで、大畑のバス停付近を撮るが、その前方に右手に大笹生方面を案内する道路標識が写っている写真があったので、これを「土湯会津道を歩いてみる」スタートの写真として貼り付ける。
 このスタートのタグを、まだ「上鳥渡」・「下鳥渡」のままにするのは、この辺りはまだ鳥川地区の範囲らしいからだ。
by shingen1948 | 2015-11-21 08:43 | ◎ 地域散策と心の故郷 | Comments(0)