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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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鳥渡山王社付近の風景~桜館址

「毘沙門堂」跡の風景を、米沢道・会津道・山王道等とかかわる道標の観点からと、桜館館主の菩提寺「天台宗多門寺」の観点から整理してきた。
 その桜館だが、「信達二郡村誌」の「桜館址」紹介については先に整理した。その位置は「毘沙門堂」跡の真南のようだ。
 今なら「毘沙門堂」跡の東側の道筋をそのまま南に進んでたどり着けるが、半沢氏の「歴史地図」を元に推定する時点では、荒川用水(荒井堰・すかわ)とする用水筋を二階堂屋敷前から追って、その分岐点付近ということでの確認をした。
a0087378_1411026.jpg この荒川用水(荒井堰・すかわ)とする用水筋分岐の風景だが、用水路はまず北側に分岐する。

a0087378_142334.jpg その東側のここから南側に分岐する。

a0087378_1425330.jpg この二つの分岐点の東側の風景がこちらで、この辺りが「桜館址」付近だと思われる。残念ながら、この南側の会津道付近を除染中で交通整理が行われていて、思うように観察ができない。
 「信達二郡村誌」が紹介する「高一丈余 周囲二十間余の小丘有り」と「老杉一株 下に石小祠有る」も確認できていない。
 後の機会に確認することにした。

 「信達二郡村誌」の上鳥渡村の古跡の項に紹介されている「桜館址」を再掲しておく。
 桜館址
 東部団子田の東館に在り 東西五十五間余 南北一町余 今尽く墾して田と作し湮隍壊塁の認む可きもの無し 但高一丈余 周囲二十間余の小丘有り 上に老杉一株 下に石小祠有るのみ 相伝ふ承元中名倉監物居る 天正中天童帯刀居る 後伊達政宗に降り仙台に移るといふ

by shingen1948 | 2015-09-02 14:04 | ◎ 地域散策と心の故郷 | Comments(0)