地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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鳥渡山王社付近の風景~「毘沙門堂」跡②

a0087378_18145566.jpg 右手のしだれ桜の木の下に毘沙門堂は建っていたとのことだ。見て分かるように、「毘沙門堂」は消滅しているが、解体されたのはごく最近のようだ。
 それで、今回から「毘沙門堂跡」と言い換える。
 先に散策した時には、この毘沙門堂跡地はなかなかみつけられなかった。毘沙門堂が所滅しているということを知らなかったこともあって、見つからないのは風景が変化したからだろうと思っていた。この辺り、宅地造成中で変化が激しいようなのだ。
 それで、一度諦めて、先に「天台宗多門寺」がかかわる桜館の方を確かめることにした。

 「桜館」は、「信達二郡村誌」の上鳥渡村の古跡の項に、次のように紹介されている。
 桜館址
 東部団子田の東館に在り 東西五十五間余 南北一町余 今尽く墾して田と作し湮隍壊塁の認む可きもの無し 但高一丈余 周囲二十間余の小丘有り 上に老杉一株 下に石小祠有るのみ 相伝ふ承元中名倉監物居る 天正中天童帯刀居る 後伊達政宗に降り仙台に移るといふ
 そちらを確かめてからこちらに戻ってきたのだが、手掛かりがないので、散歩中の方に声をかけて訊ねてみた。それで、「毘沙門堂」が最近解体されたことを知ったのだ。 
 その方が説明してくださった(と思った)場所で写真を撮っていたら、明らかに不審者に対する声かけを受けた。
 後で分かったのが、民有地を「毘沙門堂跡」と勘違いしていたということだ。
 この声かけをいただいた方に案内を受けて、ようやく「毘沙門堂跡」にたどり着くことができたということ。
 ご迷惑をおかけしました。
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by shingen1948 | 2015-08-29 18:17 | ◎ 地域散策と心の故郷 | Comments(0)