地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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鳥渡山王社付近の風景~「下鳥渡供養石塔」④

 再セットアップ後のパソコンも安定してきたので、周辺機器をつなぎ始るが、使い慣れた状態になるのにはもうしばらくかかりそう。
   ◇       ◇          ◇           ◇            ◇
 昨日整理した段階で、左脇侍の観音菩薩(向かって右側)が、差し出しされた先には往生者がイメージされているということに気づいていなかった。感性が鈍くなっているせいもあって気付きが遅い。
 蓮台は、往生者も、紫雲に乗るためにその差し出された蓮台に乗って、来迎された様とともに西方の極楽浄土に向かうということなのだろう。
 右脇侍の勢至菩薩(向かって左側)の足元はよく見えないが、確かに観音菩薩も中央の阿弥陀如来も、差し出された蓮台風の雲に乗っていらっしゃる。

知識不足を補って、あらためて三尊様の表情を確かめると、案内板の以下の解説に納得できる。
a0087378_645844.jpg 中央の阿弥陀さまは13複条の放光を発して来迎印を結ばれ、前野蓮台を差し出された観音さまと後ろの合掌された勢至さまは、やや深く前かがみになっている。三尊とも柔和な慈悲に富んだまなざしを送りながら、それぞれ小さな蓮台を踏まえられ、飛ぶ雲に乗って極楽浄土に迎えいれようとする、実に見事な浮彫りの傑作である。
 本来的には、全体的な雰囲気の中でとらえるべきであることは分かっているのだが、素人の散歩人にとっては、この下鳥渡供養石塔に描かれる阿弥陀三尊来迎図は、典型パターン資料でもあるのだ。
 例えば、先に見た矢野目の風化した供養塔といわれている板碑から僅かに読み取れる図を元に、描かれていたであろう図を想像するときにイメージが勝手にひろがるように感じるのだ。
by shingen1948 | 2015-08-01 06:11 | Comments(0)