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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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鳥渡山王社付近の風景~「下鳥渡供養石塔」②

 パソコンの調子が悪くて、最終的に再セットアップした。その作業が一段落したところで、「下鳥渡供養石塔」の整理を続ける。

 ◇          ◇         ◇         ◇            ◇       
a0087378_7511057.jpg これは、2011/11/22の散策で、供養石塔が無事であることを確認した時のものだ。
 「下鳥渡供養石塔」の覆屋前には、案内板が建っている。

<仏像>国・史跡「下鳥渡供養石塔」
 この石塔は、来迎三尊供養石塔とも呼ばれる国像板碑であるが、阿弥陀三尊を浮彫りにした左右の年忌と願文によって、正嘉2年(1258)9月に悲母(亡母)の供養のために平氏の女が建立したことが知られる。
中央の阿弥陀さまは13複条の放光を発して来迎印を結ばれ、前野蓮台を差し出された観音さまと後ろの合掌された勢至さまは、やや深く前かがみになっている。三尊とも柔和な慈悲に富んだまなざしを送りながら、それぞれ小さな蓮台を踏まえられ、飛ぶ雲に乗って極楽浄土に迎えいれようとする、実に見事な浮彫りの傑作である。長い間土面にふせっていたために、雨風にさらされることなく守られていたというのも、ありがたいことであった。
 ディスカバー・マイカントリー 福島信夫ライオンズクラブ
 この石塔が、阿弥陀三尊を浮彫りにした左右の年忌と願文によって、正嘉2年(1258)9月に悲母(亡母)の供養のために平氏の女が建立したことが知られることについては前回整理した。
 先に矢野目の来迎三尊供養石塔について整理したことがあったが、残念ながら風化が激しくて、そこに描かれた来迎図を確認することはできなかった。それが、この下鳥渡供養石塔は、描かれてい世界を充分に味わうことができるのだ。
 長い間土面にふせっていたために風化を免れたとのことだ。案内にあるように、本当にありがたいことだなと思う。
by shingen1948 | 2015-07-30 07:59 | ◎ 地域散策と心の故郷 | Comments(0)