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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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鳥渡山王社付近の風景~玉森山(玉の森)

 この神社のまだ仏教が強い力を持っていた時代の風景を想像しながら整理してきたが、求めている感性とのギャップもある。「ふくしまの歴史近世」の福島市平石字湯が原「山王道道標」解説で、「本来が山の神であることから県北地方のみならず、会津地方にまで信仰する人が広がっていました」と解説される事とかかわるのかもしれない。
 散策のたびに思うのは、森羅万象に神が宿るという自然観のもと、自然の霊威を感じて心底から感動する宗教的感性とでもいうものを、どこかに置き忘れてきたように思うのだ。
 とりあえず、宗教的感性とかかわりそうな鳥渡山王社周辺の散策を通して、鈍くなった感性を少しでも呼び覚ましてみたいとも思う。
a0087378_10555146.jpg これは、今回の散策では山田村から上鳥渡村にかけての山王道でないのかなとして整理した風景を、石子薬師堂付近から確認するのに撮ったものだ。
 最近分かったのが、配水曹の右手の高まりが玉森山(玉の森)ということのようだということだ。その手前の何となく風景が切れているように感じる辺りが山王道で、その山王道を探ったのだが、これが観音寺の旧地ともかかわっていたということのようだ。

 「観音寺」のページの「観音寺縁起」に、山陰中納言が、道叡とともにこの地に来臨して、上鳥渡玉ノ森山に一宇の草堂を建てて安置して、白滝の名にちなんで「瀧寿山」を開山したと伝えられるとあるのをみつけたのだ。
 「信達ニ郡村誌」の「岩代国信夫郡上鳥渡村」の項で、「観音寺」が次のように紹介される。
 観音寺 東部観音寺に在り 境内東西18間5分 南北26間 段別1段6畝7歩(官有地)近江国滋賀郡東坂本村天台宗延暦寺末派なり 天安2戊寅年僧道叡(慈覚大師の弟子)開基創立 初め玉之森に在りしか寛永18辛巳年僧清海なる者今の地に移す 因て 之を中興開山とす(境内別に民有地8畝1歩)
 ここでも「初め玉之森に在りし」とある。「信達ニ郡村誌」では、更に「古跡」として「玉森山」の3つの古碑についてふれている。
by shingen1948 | 2015-07-16 10:57 | ◎ 地域散策と心の故郷 | Comments(0)