地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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鳥渡山王社④

 神社に仏像が神体として祀られたり、別当が僧形で神勤したりしていた時代の鳥渡山王社の正面には、現在清水観音にある山門があって、神社の右手崖下には護摩壇があったということのようだ。
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 ここが、その旧護摩堂ということのようだ。案内板では、次のように説明される。
 仏閣 旧護摩堂
 鳥渡山王権現社の一堂でありました。明治初年まではここで「護摩行」の儀式が行われていました。護摩木を人間の悩みとして、これを焚き、清浄な人間になろうとした修行場であったのです。堂内にはその修行によって人間が神仏に近づくことを願って「瑜珈窟」となづけられ、その扁額が残っています。もとこの御堂の左手から御本殿まで長い階段の廻廊があって、礼拝者が参拝のため通れました。しかし明治42年(1909)の火災で焼失してしまいました。
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a0087378_1741478.jpg 案内板では「瑜珈窟」とするが、中にある扁額には「瑜伽窟」とある。その「瑜伽」の意がよく分からないので確認したら、「ユガ」と読みサンスクリット語で瞑想をともなう一種の修行法の一種を指すようだ。
 「瑜珈窟」は、瞑想をともなう一種の修行法の一種を行う洞窟という意かと思うが、鎌倉には「瑜伽洞」と呼ばれる有名な「瑜珈窟」があるという。
 修行の一つとして、暗い洞窟の中で蝋燭のほのかな明かりを頼りに、仏像彫刻三昧に耽り、それが瞑想であり大慈悲具現の祈りであったということなのだろう。
 それ等の事から類推すれば、ここでは、無心に護摩木焚きに耽り、それが瞑想であり大慈悲具現の祈りであるということなのだろうか。
by shingen1948 | 2015-07-14 17:06 | ◎ 地域散策と心の故郷 | Comments(0)