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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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鳥渡山王社のマカテヤ記念碑⑤~山田村の散策振り返り24

  「植民地大鑑【東洋タイムス】(大正5年)」に、具体的に移民者が「マカテア島」へ上陸するまでのコースも紹介されるのを見つけた。
 本邦から「マカテア」島に至るには、まずは、「タヒチ」島に行かなければならない。その「タヒチ」島に行くには、当時の航路は次のようだったとの事だ。
 本邦→桑港(サンフランシスコ)→タヒチ島パピーツ(パペーテ)港

 桑港(サンフランシスコ)からは、太洋洲汽船会社の「マリボサ」号、及び新西蘭(ニュージーランド)と桑港(サンフランシスコ)間の航通に充てパピーツ(パペーテ)港を立寄港せる「ユニオン、ステームシップ」会社(英国籍)の汽船「アオランギ」号及び「マイタイ」号の3隻があって、追って、1隻を増加する計画であったという。

 横浜→桑港(サンフランシスコ)間が18日間で、桑港(サンフランシスコ)→タヒチ島パピーツ(パペーテ)港間が12日で、併せて30日間を要したという。

 タヒチ島→マカテア島間は、海上120哩
 大洋洲燐硫会社の所有船「ショリタ」号で、無賃輸送。なお、上記航路運賃は、会社負担になっていたという。

 これを福島からの移民者に当てはめると、其々の処から横浜までは自己負担での出発となる。
 まずは、福島駅から汽車で東京に出て、そこから横浜までの交通手段は確認していないが、とりあえずここも汽車かなと想像する。
 ここからは、船旅になるが、旅費は雇主負担になるということかな。
 まずは、横浜からサンフランシスコに向かう船旅が18日間。次に、サンフランシスコからタヒチ島のパペーテ港に向かう12日間の船旅。更に、タヒチ島のパペーテ港から大洋洲燐硫会社の所有船「ショリタ」号で「マカテア」島に向かうという事になるかな。実質1カ月だが、途中休憩もあるだろうから、1カ月強の長旅になったのだろうと思う。

 先に、仏領マカテヤ島移民者が、仏領マカテヤ島に特化した意識は、厳しい保証人の条件をクリア―できて、未来展望も明るい好条件があったろうと想像したところだった。
 今回、確認してみて、優越の意識に結びつきそうな事がもう一つあった。
 それは燐鉱石は、現在でも戦略物資として重要らしいということだ。その重要な仕事にかかわれるというプライドの側面もあったかなと思えてきた。

 原油、天然ガスが戦略物資として重要である事は、何となく知っているが、この燐鉱石も重要なのだとか。
 ここから過リン酸石灰が製造されて、肥料や火薬の原料になっているとのことだが、当時は、火薬の原料の側面が強かったかもしれない。
 この鉱物の重要さは、それだけではないようだ。
 肥料としての役割も重要なそうだ。植物の三大栄養素として、窒素・リン・カリだが、そのうちの窒素は合成可能だが、リンとカリは、鉱物資源に頼らざるを得ないということだ。
 それにかかわる仕事というプライドの側面も想像できるかなと思った。
by shingen1948 | 2015-07-07 16:05 | ◎ 地域散策と心の故郷 | Comments(0)