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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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再び仙台散歩34~「もう一つの奥の細道」とかかわって③

 旧第四連隊兵舎のまわりをぐるりと回ってみたのは、散歩の中では何時でもそうする修正だが、今回はこの榴ヶ岡公園と廻りの風景を見比べてみたいという思いの延長でもあった。
 地元の方は、簡単に宮城野を意識できるようだが、ちょっと訪れただけの他所者の散歩人にそれが容易にはかんじられないのだ。
 まずは、いろいろな機会に榴ヶ岡が高地であることを確かめて、その高さを実感してきた。その実感を尺度に、榴ヶ岡のまわりとの高低差を比較することを通して、ようやく宮城野原らしき風景が意識できるということだ。
a0087378_10244048.jpg これは、公園東側の道筋の北側を眺めたところ。
 左側が公園で、公園北側の道筋との交差点の左側の向こう側に陸軍幼年学校跡地を示す石碑が見える。
a0087378_10261495.jpg こちらは、その道筋の南側をながめている。カーブを曲がると下り坂になる雰囲気が分かる。長町―利府線断層帯の本筋ではなく、その片割れが走る辺りらしい。
a0087378_10273537.jpg ここに、藤村の「草枕」の一節を紹介するパネルが設置されている。
 紹介されるのは藤村の仙台の地への思いの部分だが、榴岡公園を散策してここに来れば、他所者の散歩人でも宮城野を意識している。
 残念ながら、遠くに海音を感じる事はできていないが、ここでは全文を確認すべきだろうと思う。

 島崎藤村「草枕」(『若菜集』より)

 一   夕波くらく啼(な)く千鳥 
      われは千鳥にあらねども
      心の羽(はね)をうちふりて
      さみしきかたに飛べるかな
  
 二   若き心の一筋(ひとすぢ)に
      なぐさめもなくなげきわび
      胸の氷のむすぼれて
      とけて涙となりにけり
 
 三   蘆葉(あしは)を洗ふ白波の
      流れて巖(いは)を出づるごと
      思ひあまりて草枕
      まくらのかずの今いくつ
  
 四   かなしいかなや人の身の
      なきなぐさめを尋(たづ)ね侘(わ)び
      道なき森に分け入りて
      などなき道をもとむらん

 五   われもそれかやうれひかや
      野末(のずゑ)に山に谷蔭(たにかげ)に
      見るよしもなき朝夕の
      光もなくて秋暮れぬ
 
 六   想(おもひ)も薄く身も暗く
      残れる秋の花を見て
      行くへもしらず流れ行く
      水に涙の落つるかな

 七   身を朝雲(あさぐも)にたとふれば
      ゆうべの雲の雨となり
      身を夕雨(ゆふあめ)にたとふれば
      あしたの雨の風となる

 八   されば落葉と身をなして
      風に吹かれて飄(ひるがへ)り
      朝の黄雲(きぐも)にともなはれ
      夜(よる)白河を越えてけり
 
 九   道なき今の身なればか
      われは道なき野を慕ひ
      思ひ乱れてみちのくの
      宮城野(みやぎの)にまで迷ひきぬ

 十   心の宿(やど)の宮城野よ
      乱れて熱き吾(わが)身には
      日影も薄く草枯れて
      荒れたる野こそうれしけれ

 十一   ひとりさみしき吾耳は
      吹く北風を琴(こと)と聴(き)き
      悲み深き吾目には
      色彩(いろ)なき石も花と見き

 十二  あゝ孤独(ひとりみ)の悲痛(かなしさ)を
      味ひ知れる人ならで
      誰(たれ)にかたらん冬の日の
      かくもわびしき野のけしき
 
 十三  都のかたをながむれば
      空冬雲に覆(おほ)はれて
      身にふりかゝる玉霰(たまあられ)
      袖(そで)の氷と閉ぢあへり

 十四  みぞれまじりの風勁(つよ)く
      小川の水の薄氷
      氷のしたに音するは
      流れて海に行く水か

 十五  啼(な)いて羽風(はかぜ)もたのもしく
      雲に隠るゝかさゝぎよ
      光もうすき寒空(さむぞら)の
      汝(なれ)も荒れたる野にむせぶ

 十六  涙も凍る冬の日の
      光もなくて暮れ行けば
      人めも草も枯れはてて
      ひとりさまよふ吾身かな

 十七  かなしや酔ふて行く人の
      踏めばくづるゝ霜柱
      なにを酔ひ泣く忍び音(ね)に
      声もあはれのその歌は

 十八  うれしや物の音(ね)を弾(ひ)きて
      野末をかよふ人の子よ
      声調(しらべ)ひく手も凍りはて
      なに門(かど)づけの身の果(はて)ぞ

 十九  やさしさや年もうら若く
      まだ初恋のまじりなく
      手に手をとりて行く人よ
      なにを隠るゝその姿

 二十  野のさみしさに堪へかねて
      霜と霜との枯草の
      道なき道をふみわけて
      きたれば寒し冬の海

 二十一 朝は海辺(うみべ)の石の上(へ)に
      こしうちかけてふるさとの
      都のかたを望めども
      おとなふものは濤(なみ)ばかり

 二十二 暮はさみしき荒磯(あらいそ)の
      潮(うしほ)を染めし砂に伏し
      日の入るかたをながむれど
      湧きくるものは涙のみ

 二十三 さみしいかなや荒磯の
      岩に砕けて散れるとき
      かなしいかなや冬の日の
      潮(うしほ)とともに帰るとき

 二十四 誰(たれ)か波路を望み見て
      そのふるさとを慕はざる
      誰か潮の行くを見て
      この人の世を惜(をし)まざる

 二十五 暦(こよみ)もあらぬ荒磯の
      砂路にひとりさまよへば
      みぞれまじりの雨雲の
      落ちて潮となりにけり

 二十六 遠く湧きくる海の音
      慣れてさみしき吾耳に
      怪しやもるゝものの音(ね)は
      まだうらわかき野路の鳥

 二十七 嗚呼(あゝ)めづらしのしらべぞと
      声のゆくへをたづぬれば
      緑の羽(はね)もまだ弱き
      それも初音(はつね)か鶯(うぐひす)の

 二十八 春きにけらし春よ春
      まだ白雪の積れども
      若菜の萌(も)えて色青き
      こゝちこそすれ砂の上(へ)に

 二十九 春きにけらし春よ春
      うれしや風に送られて
      きたるらしとや思へばか
      梅が香(か)ぞする海の辺(べ)に

 三十  磯辺に高き大巖(おほいは)の
      うへにのぼりてながむれば 
      春やきぬらん東雲(しのゝめ)の
      潮(しほ)の音(ね)遠き朝ぼらけ
by shingen1948 | 2015-04-30 10:32 | ◎ 地域散策と心の故郷 | Comments(0)