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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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再び仙台散歩26~政岡墓所周辺から榴岡公園へ⑥

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 案内されるままに西に進むと、南北に走る道路で突き当たって不安になるが、その突き当たった道筋をやや南に進んだ所の右手が東側境内入口になっている。

 その入り口に案内板が建つ。
 躑躅岡天満宮
 建  立 寛文7年(1667)7月25日
 御祭神 菅原道真公
 鎮座地 宮城県仙台市宮城野区榴ヶ岡23
 御神徳 合格進学・学業成就・文武両道・
       家内安全・商売繁盛・交通安全・学童通学安全
 多くを語らないが、「建立 寛文7年(1667)7月25日」は、現在の東照宮より御還座したもの。
 寛文7年(1667)は、仙台第2代目藩主伊達忠宗公の時だ。この躑躅岡天満宮は、東照宮を造営するに際して、その地にあった天神社をこの地に移したものといわれているようだ。
 その後、仙台第4代目藩主伊達綱村公が、元禄8年(1695)に釈迦堂を造営した際に、この天満宮の本殿と拝殿等も整備しているのだそうだ。
 今回の散歩とのかかわりは、政岡墓所の散策で仙台第2代目藩主から仙台第4代目藩主までがつながり、その政岡墓所の散策から榴岡公園―釈迦堂旧地―躑躅岡天満宮を散歩したことが仙台第4代目藩主伊達綱村の仕事として繋がるということかな。

 天満宮境内には境内の縁に沿って句碑が建ち並び、その一つ一つに解説板が建つが、俳句には疎く興味もわかないので散歩をしている時にはそのまま見過ごしてしまった。
 今思えば「芭蕉の句碑」と「大淀三千風追善碑」は確認しておきたかったなと思う。
 沢山の句碑が建ち並んでいて焦点化できなかった。しかも、その全てに解説板が建っているのも、群としてしか見られなくなった一因かなと思うといったらいい訳になるかな。
 何時になるかは分からないが、次の散策の機会のための整理をしておく。

 芭蕉五十回忌蓮二(支考)十三回忌追善碑
 芭蕉翁 あかあかと日はつれなくも秋の風
 蓮二翁 十三夜の月見やそらにかへり花
 寛保3癸亥歳(1743)2月7日造之。雲裡坊門人等誌焉

 雲裡房は、伊勢の俳人で仙台で門人養成を行っていた人で、この方が寛保3年に芭蕉の50回忌にあたり、芭蕉と芭蕉門下の各務支考(蓮二翁は雲裡房の師でもある)を追慕して建てたものとのこと。(仙台市指定有形文化財 昭和52年3月1日指定)

 大淀三千風追善碑
 萬句俳諧奉納記
 享保8年(1723)

 大淀三千風は、寛永16年(1639年)に伊勢射和の商家に生まれる。31歳の時から45歳まで15年間仙台に住んだ方。
 「大淀三千風」氏を知ったのは、「奥の細道」の「曽良随行日記」に「三千風尋ルニ不知」とあることの確認からだ。
by shingen1948 | 2015-04-20 06:04 | ◎ 地域散策と心の故郷 | Comments(0)