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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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再び仙台散歩⑱~政岡墓所から周辺の寺町を歩く

a0087378_11553445.jpg 伊達家墓所(政岡墓所)から続く周辺の寺町をぐるりと回ってみた。そのルートは、こんな感じなのだろうと思う。

 情報はいろいろ得ている。
 伊達家墓所(政岡墓所)関連情報だけでも、浄眼院殿の御霊屋唐門が移築されたのは、新寺小路の成覚寺だとか、孝勝寺には四代藩主綱村が母、三沢初子の菩提を弔うため享保12年(1927)に建立した釈迦堂があるとか、孝勝寺の隣の法輪院の鬼子母神堂には三沢初子が信仰した尊蔵が本尊子育鬼子母神として伝えられている等々……。
 しかし、今回はそれ等を意識することなく、何も考えずにフラットな状態で、ただただ寺町を歩いた。歩いたルートも、その時に撮った写真に写る風景から想像したものだ。
a0087378_1157291.jpg 最初に写っていたのが、曹洞宗昌峰山「林松院」。
 新町通りに門があり、道沿いに塀がまわるのだが、その中にこの山門があって、そこにも塀がまわっている。横線を意識するのかなと思って、それが見える風景の切り取りにした。
 家にもどっと確かめると、曹洞宗「松音寺」の末寺で、 代々伊達藩の御殿医を勤めた錦織家19代久庵によって、慶長12年(1607)に創建されたとの事。その 開山も、その錦織家出身の松音寺7世霊堂文徹大和尚との事。その松音寺の山門は、伊達家から若林城の正門を寄贈されたものだとか等々、確認し出すときりがない。
a0087378_1213566.jpg 次に写っていたのは、この新町通り沿いに廻された塀だった。この中にそれぞれの寺の山門と塀がまわされている構造のようで、これは街づくりの風景かな。
 この向かいの寺が曹洞宗森城山「大林寺」だが、写真を撮っていないようだ。ここは、北山輪王寺の末寺で、文元年(1532)伊達家14世稙宗によって県米沢鮎貝村(現白鷹町)に創建され、政宗と共に岩出山を経て現在地に移ったとのこと。
 稙宗夫人の泰心院殿の位牌を祀るとか、八ッ塚古墳のひとつが境内にあったとか、連坊小路小学校は明治19年(1886)この寺の境内で開校したとか、ここが土井晩翠の菩提寺とか等々興味深い情報は、家に戻ってから得た情報。
 境内の観音堂は本尊千手観音で仙台三十三観音第14番札所なのだとか。
a0087378_1232236.jpg どうでもいい事と思うのだが、変な癖で歩道橋の下に石で囲った基準点を見つける。欠けていて、水準点か三角点かは分からない。 地図を確かめるとここに「27」の点がプロットされる。標高27メートルかな。
by shingen1948 | 2015-04-09 12:04 | ◎ 地域散策と心の故郷 | Comments(0)