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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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再び仙台散歩⑯~伊達家墓所(政岡墓所)③~徳川振姫の墓所

 三沢初子の法名は「浄眼院殿」であり、徳川振姫の法名が「孝勝院殿」である。
 案内板では「三沢初子の墓」を中心に案内するが、法名を確かめる限りでは、この地は本来「徳川振姫の墓所」なのだろうと思う。
a0087378_8542622.jpg その孝勝院殿「徳川振姫の墓」域が手前だ。現在は墓石だけだが、こちらも明治6年に伊達家が仏式から神道祭祀に替えたときに解体されるまでは、奥の浄眼院殿「三沢初子の墓」域同様、御廟になっていたということのようだ。

 散歩のフィールドを伊達信夫の里を中心にしている者にとっての伊達氏への興味は、伊達政宗公までで、それ以降の仙台藩への興味は薄れる。
 ここで、藩主墓所を確認しておく。
 初代藩主伊達政宗公
 慶長5年(1601)12月24日仙台城建設、及び城下町の建設開始。この時、仙台城建設地にあった大満寺・虚空蔵堂、千躰堂が経ケ峯に遷座。
 寛永13年(1636)5月24日初代仙台藩主伊達政宗が江戸外桜田屋敷で死去。仙台に移送され覚範寺に埋葬。
 寛永14年(1637)10月24日政宗の霊廟「瑞鳳殿」落成。瑞鳳寺創建。

 第2代藩主伊達忠宗公
 万治元年(1658)7月12日死去。忠宗の遺言で、経ケ峯の「瑞鳳殿」隣接地に忠宗の霊廟を建設。この時、建設地にあった大満寺、虚空蔵堂、千躰堂を愛宕山に遷座。寛文4年(1664)忠宗の霊廟「感仙殿」落成。

 第3代藩主伊達綱宗公
 正徳元年(1711)7月19日江戸・品川屋敷で死去。
 享保元年(1716)綱宗の霊廟「善應殿」落成。

 第4代藩主伊達綱村公
 享保4年(1719) 6月20日、死去。廟所建築を止めて、石碑のみを建てるように遺言。
 これより歴代藩主は主として大年寺伊達家墓所に埋葬。ただし、第9代藩主伊達周宗・第11代藩主は江戸で死去し、当地の「妙雲界廟」の墓地へ。

 なお、初代藩主伊達政宗公正室愛姫は、承応2年(1653)1月24日死去し、その墓所は瑞巌寺に隣接する陽徳院とのこと。今回の伊達家墓所(政岡墓所)の整理は、それ以降2代から4代藩主の正室側室の墓所情報確認ということにもなっているということのようだ。
by shingen1948 | 2015-04-07 08:57 | ◎ 地域散策と心の故郷 | Comments(0)