地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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再び仙台散歩⑫~仙台散歩とのかかわりで②

 子規は、少なくとも仙台市内に5日間は滞在している。「はて知らずの記」の草稿に「針久旅館」とあることから、最初の宿泊が国分町「針久旅館」である事は確実のようだ。しかし、他の4泊は類推で同じ旅館としているだけなのかも知れないとも思う。子規が訪れた「南山閣」の資料では、ここにかかわる旅館を「大泉旅館」とするものも見る。
 そのことにかかわって、「針久旅館」と「大泉旅館」について整理したのが、「仙台散歩⑯~「芭蕉の辻」⑦~「もう一つの奥の細道」とかかわって③」だ。
 http://kazenoshin.exblog.jp/20998316/
a0087378_12113587.jpg
 その「大泉旅館」とかかわる「仙台ホテル」が、最近までここに建っていたようなのだ。
 このホテルが閉館するのは、平成21年(2009)12月31日で、前身の「大泉屋旅館」から数えると、創業159年目だったという。
 ここだと思うのは、「仙台・話題の現場を見に行こう!」のページの「仙台ホテルの閉館と跡地利用」の項の写真に写る歩道橋との位置関係の見比べだ。
 http://sendaipics.fc2web.com/wadai/report100.html
 その「仙台ホテル」がまだ写る写真を、「townphoto.net」からお借りする。
a0087378_12143558.jpg 手前にペデストリアンデッキが写り、七十七銀行仙台駅前支店の看板が目立つ隣のビルが写る。このビルがヒューモスファイブビルとのことだ。このビルの2Fにアイエ書店があって、ペデストリアンデッキから直接ここに入れたという情報がある。
 これを固定したいのだ。
 
 まだ確認していないが、これが司馬遼太郎氏の仙台立ち寄りとかかわる風景らしいからだ。
 司馬遼太郎「街道をゆく」の表現から、宿泊旅館が仙台ホテルで、ペデストリアンデッキを窓の外に眺めて朝食を頼んだままホテルの外に出て、ペデストリアンデッキの宙空の路面へのぼって心地よさを味わっているという。
 その路面のレベルのまま本屋さんの入り口が開口していたので、自然に店内に入って本棚をながめてしまったと感心しているとのことだが、それがこのアイエ書店でないかという情報があるのだ。
 シリーズ26巻「嵯峨散歩、仙台・石巻」とのことなので、その描写の確認をしたい。
by shingen1948 | 2015-04-02 12:17 | ◎ 地域散策と心の故郷 | Comments(0)