地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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再び仙台散歩⑩~仙台駅西口側の宮城野橋②

a0087378_1813126.jpg 右手の建物は「アエル」という建物ということらしい。いろいろな情報を確かめると、名掛丁から旧宮城野橋へを繋ぐ道筋が消滅したのは、この「アエル」という建物ができたことによるらしい。
 この「アエル」というのは、昭和63年(1988)に仙台市によって中心部再開発事業として事業化されて、平成10年(1998)に完成したものとのことだ。

 確認して分かったことで、今回、歩道橋にのったまま元寺小路に抜けられる通路として活用させていただいたが、その時点では知らなかったことだ。改めて確認すると、その通路として活用させていただいた通路が、「2Fアトリウム」とやらで、このオープンスペースを使って展示会やイベントのスペースとしても活用しようという意図があるらしい。
 先に1Fの丸善書店に入った事があるが、勿論、その時も意識していないが、4階までが商業フロアになっているとのことで、その中の一つの風景だったということのようだ。ここには、他に公共施設や就労支援施設も入っているとのことだ。

 新宮城野橋の下り線の様子を頭に置きながら、こちらの風景のこれからの変化を想像してみる。
 現在更地になっている所が、左手に見える旧宮城野橋下り線と同じような上り線ができる空間だろうと思う。その右手に公園風の空間と、その左手に通路風の空間が見えるが、これらがこれからできる上り線の歩道とつながるのだろうと思う。下り線の道幅に比べて更地は広いようなので、ここには歩道用の道幅も確保されているのだろうと想像するのだ。

 昔は、「X橋」近辺は、少し怪しげな雰囲気があったとのことだ。
 戦後、繁華街として栄えた歴史があるようで、その余韻とて、日暮れ近くにはソノ道らしき女の人たちが現れたというような情報もある。
 それ等が一掃されたということでもあるようだ。
 
 いろいろな情報を確認していて、呼称のイメージも変化していることが分かった。
 自分は、仙台駅の東側を散歩したのは今回初めてなので、何の違和感もなく「仙台駅東口」とした。しかし、地元の方々にとっては、こちらは「駅裏」という感覚があるようだ。
 仙台駅の東側を「駅裏」と表現する感覚では、仙台駅西口と表現している方は、その感覚でいうと「駅前」ということになるようだ。それでも、東口の開発が進んで、こちら側を仙台駅東口という言い方は認知されつつあるようだが、「西口」は、今も「駅前」という感覚ということらしい。
by shingen1948 | 2015-03-31 18:17 | ◎ 地域散策と心の故郷 | Comments(0)