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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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再び仙台散歩⑥~「名掛丁藤村下宿「三浦屋」跡」情報⑤

 名掛丁の通りが消滅している事に気付いたのは、藤村広場付近の散策後、地下道を通って仙台駅の西口に抜けてからだ。地下道を抜けた先に「ハピナ名掛丁」のアーケード街入り口が見えて、先の散歩と繋がった時点で、その道筋を強く意識した。
a0087378_8525758.jpg その地下道を通る事にしたのは、仙台駅北路名掛丁自由道路に進む道筋が工事中なのか進めなかったからだ。そこから右手に向かうように案内された。案内されたのは、恐らくエレベーター口で、これで二階の通路に進むように指示したかったのだと思う。
 しかし、その奥が何となく気になって進んでみたら、そこに地下道があったということだ。

a0087378_8542027.jpg これは、その地下道に入る手前の風景を撮ったものだ。
 仙台駅の東側の名掛丁の通りを意識するのなら、カメラをもっと右手に向ける必要があったのだと思う。しかし、この時点では、その通りを漠然と意識した段階で、通りの北側寄りにカメラを向けている。
 その時点で意識していなかったことがもう一つある。それが撤去されたばかりのX橋だ。その残骸が、ここに写り込んでいるのが分かる。
 消滅した名掛丁の通りを意識した今なら分かるのが、仙台駅西口の駅前道路と名掛丁の道筋交点からそこに見えているX橋の左端に道筋が結ぶはずということ。現況は、そこに建物が建っているが、念頭操作で道筋を描くことはできる。
 東側からも、消えた名掛丁の通りと二十人町通りの交点手前から、このX橋に向かう道筋があったはず。
 消えた名掛丁の通りを意識することは、消えたX橋の道筋も意識できるという効果をももたらすということでもある。

 まずは、この名掛丁の通りの消滅を名掛丁藤村下宿「三浦屋」跡」情報の一つとして整理しておく。
 この消滅した道筋は、広くなった現二十人町通りの南端と東七番町通りの交点と仙台駅西口の名掛丁の延長線とを結べば概観的に捉えられる。
 名掛丁藤村下宿「三浦屋」があったという名掛丁120番地は、その道筋の東六番丁の通りとの交差地点と東七番丁との交差地点との中間辺りの南側と推定される。
 更に、X橋の道筋も意識に登ったことについてもふれれば、藤村広場の歌碑は、歌が刻まれたプレートをX橋の欄干石柱に張り付けたものである事は先にふれた。
 藤村広場には、この懐かしいX橋への思いと藤村の両方への思いが共存しているように思う。
by shingen1948 | 2015-03-26 09:01 | ◎ 地域散策と心の故郷 | Comments(0)