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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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仙台散歩⑨~「芭蕉が辻へ」~「マーブルロード大町」のアーケード街

 アーケード街は、東二番丁通りで分断される。アーケードに掲げられる「おおまち」の名称から、この先が大町であることが分かる。確認すれば、ここが「マーブルロード大町」のアーケード街。
a0087378_11442495.jpg(ここの写真もtownphoto.netより)
 このアーケード内で感じるのは、東一番丁との交点付近の藤崎百貨店の老舗の貫録の印象だ。家に戻って、ここに藤崎百貨店が開店された経緯を確認する。
 昭和8年(1933)に、東一番丁の定禅寺通り近くに三越の仙台進出が決定したことがきっかけのようだ。これに先んじて、昭和7年(1932)に地上3階、地下1階の藤崎百貨店を開店させたということのようだ。
 その当時は、三越が高級百貨店、藤崎は庶民的な百貨店として住み分けがあったとのことだが、現在はその住み分けも無くなっているとのこと。この藤崎が東北地方で一番の売り上げにとなっているという。
 この地区は、その藤崎を中心に宝飾店やブランドショップ、横道にもセレクトショップ、美容室などが軒を連ねているとのことだ。

 商店街案内で、誰もが知っているという前提になっているのは、この「藤崎」と「大内屋」、それに「佐々重」かな。他所者の散歩人はその確認をするしかない。
 「大内屋」は、藤崎の向かいの下着やインナーの専門店のようだ。
 ここの創業が延宝4年(1676)で、中心商店街でも指折りの呉服店老舗ということのようだ。明治12年(1879)に、同業の藤崎が大町二丁目から四丁目を経由してこの五丁目に移ったのだが、大内屋も一丁目からこの五丁目に移転してくる。結果的に、向かいあわせの位置になったのだとか。
 「佐々重」は、現在本町2丁目の味噌醤油の醸造販売会社。安政元年(1854)操業の仙台味噌の老舗なのだとか。明治末には、仙台市第3位の高額納税者になり、店舗のほか大町5丁目を含む仙台市内に宅地畑地、県内各地に田畑山林宅地を所有するようになっていたとのこと。
 現在、一番町平和ビルになっているようだが、お借りした写真では、まだ「本場味噌」の看板を掲げる「佐々重ビル」だったようだ。ここが仙台味噌販売店だったようだ。
 江戸時代にあった店の多くが新しい店と入れ替わる中、明治時代末の仙台の高額納税者は、藤崎三郎助(藤崎)、佐々木重兵衛(佐々重)、大内源太右衛門(大内屋)の大町五丁目に店を構えた老舗の小売店舗の主だったのだとか。
by shingen1948 | 2015-03-06 11:49 | ◎ 地域散策と心の故郷 | Comments(0)